(この予約記事の前にノートルダム大聖堂火災についての記事をupしています。)
溺れる男
ある池の岸でムッシュー・ムーシュは一人の男が溺れているのを見ていた。手を貸そうとはしなかった。男は水を呑み込み、沈まないようにと必死にもがいていた。さらに水を呑み込み、手足をばたつかせているうちに、男はなんとか岸にたどり着いて、ムッシュー・ムーシュに侮蔑の目を向けて「この人でなし!」と言った。ムッシュー・ムーシュは、「泳ぎを教えてやった者を悪くいうのはまちがっているよ」と答えた。
Sekko :アシストすることの難しさというのはある。ムッシュー・ムーシュはその場を去ったわけではない。ほんとうにこの男が溺れたら助けに行ったのだろう。ひとまずは見守るだけで手は出さずに相手の学習能力を引き出す、というのは「教育」において必要なことだ。でも、このシーンは、「見守る」だけではなく、溺れる男の怒りを誘ってそれを力に変えているということでもある。人は時として、理不尽だと自分が思うことへの怒りや恨みを糧にして大きく進歩するということが、実際にある。