日本とフランス -- 血を流す覚悟とは何か?これを書いているのは5/15。 日本から帰ってフランスのニュースを見ると、つい、いろいろと比較してしまう。 どんなに不況が語られたり少子化や高齢化が問題になったりしても、少なくとも日本で私が足を踏み入れる場所にはお気楽で安全な雰囲気が満ちていた。 フランスに戻ると、ちょうどラマダンの時期が始まったばかりということもあって、テロのリスクのことも考えたりして落ち着かない。 それでも、これは絶対にフランスならでは、というニュースがあった。 日本ではまず考えられない。 それは、5/1に、アフリカのベナン北の国立公園でサファリパークの観光をしていた2人のフランス人男性(46歳と51歳)がテロリストに誘拐されたというニュースのその後の展開だ。1人はパリ近郊の音楽院のピアノ教師で、もう1人はジュエリー・デザイナーだという。復活祭のバカンス中だった。 彼らと共にいたベナン人のガイドはその場で殺された。身代金をとる見込みがないからだ。 で、ブキナファソに移された彼らを奪還するためにフランス軍の特殊部隊が派遣され、5/10、彼らは無事に救助されたのだけれど、その時に特殊部隊のエリート軍人の2人が殉職した。 ベナンの北は、外務省から旅行をしないように勧告されている「危険地域」だった。 最初にこのニュースを聞いた時は、まるで、2人の無謀な旅行者の命と、2人のエリート軍人の命が入れ替えられたような印象で、真っ先に思ったのは、これが日本だったら、旅行者の2人はいたたまれないというか、激しく非難されるのではないか、ということだ。旅行者の家族も喜ぶより先に肩身が狭いのではないかと思った。 ヒーローとして称賛されたエリート軍人たちは、20代と30代の若くていかにも頼りになりそうな好青年で、ほんとうに、大きな損失だと思わざるを得ない。 実際は、その救出作戦で助けられたのは韓国人女性とアメリカ人女性も入れた4人だったので、「数」的には、2対2ではなかったのだけれど、フランスでの報道は、一貫して「2人のフランス人を救った2人の英雄」という括り方だった。 フランスに戻った2人は、感謝の言葉と共に、さすがに、「不幸なことに危険地帯となっているあのすばらしい国に行くべきではなかった」とコメントはしたが、いわゆる「謝罪」はない。 外務大臣も「外務省が危険ゾーンとしているところには行くな」とは言ったけれど、この2人を直接に非難したわけではない。 で、外務大臣のコメントはこういうものだった。 「今回の事件では何よりもまず、国の義務というものがある。それはフランス人の安全を守ることで、それがたとえ外国で極限条件にある場所にいる場合でも、危機にあるフランス人を守り救うことである。それが今回なされたことだ」 すごい。つまり、若いエリート軍人とお気楽ツーリストの命の価値を比べたりするのではなく、どんな場合でも、フランスという国は、たとえ最高のエリートを犠牲にしても「危機にあるフランス人を救う」のだ、という国家の価値観の表明である。フランスという国はそういう国なのだ、とテロリストに向け、世界に向けて発信しているわけだ。 このような形でヒーローを称賛することは、政治的にも外交的にも、「正しい」選択なわけだから、「無謀なツーリストのせいで最も優秀な軍人が犠牲になった」などとは絶対に口には出せない。 (フランスに「死刑」がないのも、「国がフランス人を殺すことはない」という意味で一貫している。) で、その後すぐに、日本のニュースで、ある国会議員が(北方領土を取り戻すには)「戦争しないとどうしようもなくないですか」という風な暴言をリークされてスキャンダルになったニュースを見た。 そのニュースに対するコメントの中で、この国会議員の暴言は、実は今の与党政治家の多くの本音ではないかというのを読んだ。リテラのものだ。 こういう言説が引かれていた。 (下線は筆者) >>>歴史修正によって過去の侵略戦争を美化し、国民が国を守るために命をかけることを迫り、日本人が血を流す未来の戦争を煽る──。こうした姿勢の議員は政権与党である自民党にこそ、やまほどいる。 そして、この頂点にいるのがほかでもない、総理大臣である安倍晋三だ。たとえば、安倍は2012年の総理に返り咲く数カ月前、こんな物騒なことを堂々と口にしていた。 「わが国の領土と領海は私たち自身が血を流してでも護り抜くという決意を示さなければなりません。そのためには尖閣諸島に日本人の誰かが住まなければならない。誰が住むか。海上保安庁にしろ自衛隊にしろ誰かが住む」 次に、稲田朋美・元防衛相の言葉。 >>>「国民の一人ひとり、みなさん方一人ひとりが、自分の国は自分で守る。そして自分の国を守るためには、血を流す覚悟をしなければならないのです!」(2010年に開催された集会での発言)<<< 櫻井よしこさんの言葉。 >>>「明治維新のとき、日本人は、今のような生ぬるい議論をしていたのではなかったはずです。多くの人が殺されて、切り合って、議論をして、血を流して、自分の命を犠牲にして、日本国が列強諸国に飲み込まれないために戦ったのです。そして、日本国を守り通した。その発想が、今こそ必要なのです」<<<(櫻井さんが理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」2018年1月の例会での発言) これを読んでショックを受けた。 フランスでは、国の義務はフランス人を守り救うことでそのためなら血を流すことも辞さない、と政治家が言い、 日本では、国や領土を守るために日本人は血を流す覚悟や決意が必要だ、と政治家らが言う。 これって、見事に逆の発想だ。 日本も昔は互助社会だったのに新自由主義経済のせいで自己責任とか自助努力とかいう弱肉強食の考え方が蔓延してしまった、などというレベルではない。 日本では、国と、主権者である国民との関係が、ひょっとして、封建時代の儒教道徳や明治以来の忠君愛国主義から全然変わっていないのではないだろうか。だから、こんなことを堂々と言えてしまうのかもしれない。 もちろん日本には「無抵抗降伏論」を唱えた森嶋通夫さんのような人だっている。 (そういえば、前から愛読していたこのブログがずっと停止していたのだけれど新ブログとして再開されていた。4/11、21、5/1に秋葉忠利さんが昭和から平成に変わった時に書いた記事の再録は興味深かった。) 二〇世紀の話だけれど、若者に「国のために命を捨てる覚悟があるか」という若者へのアンケートで、確か最下位に日本とフランスが並んでいたことを覚えている。私のイメージと合致していた。今でもフランスは多分最下位だろうなあと思う。日本は? ある時期からほんとうに若者が国のために血を流すタイプの「愛国者」になったのだろうか・・・。
by mariastella
| 2019-05-27 18:09
| フランス
|
以前の記事
2026年 03月
2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 03月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月
カテゴリ
全体
雑感 宗教 フランス語 音楽 演劇 アート 踊り 猫 フランス 本 映画 哲学 陰謀論と終末論 お知らせ フェミニズム つぶやき フリーメイスン 歴史 ジャンヌ・ダルク スピリチュアル マックス・ジャコブ 死生観 沖縄 時事 ムッシュー・ムーシュ 人生 思い出 教育 グルメ 自然 カナダ 日本 福音書歴史学 パリのオリパラ 人生観 未分類
検索
タグ
フランス(1359)
時事(805) 宗教(719) カトリック(646) 歴史(430) 本(310) アート(253) 政治(222) 映画(180) 音楽(155) 哲学(114) フランス映画(108) 日本(99) フランス語(95) コロナ(85) 死生観(63) 猫(56) フェミニズム(49) エコロジー(48) カナダ(40)
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||