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L'art de croire             竹下節子ブログ

バベル

先日、2006年の映画『バベル』(カンヌ映画祭で監督賞を受けた)をArteで観た。
もともと毀誉褒貶が真っ二つに分かれていた作品だったので今まで興味を持たなかったのだけれど、日本人の女子高校生が出ているということで、それがどうこのモロッコでアメリカの観光客に起きたライフル事故と関係があるのかとあらためて好奇心に駆られた。

モロッコの砂漠はちょうどこの作品の撮影された同時代の2006年に私も観光バスに乗って訪れたことがある。フランスの旧植民地や保護領であったマグレバン三国の一つだから、いろんな意味でなじみもある。

このモロッコでのストーリー、その中には遊牧民の家族、兄弟の確執や父親の気持ちなどのパート(この部分はすべて現地の人の出演で、村々のモスクのスピーカーでオーディションを知らせたのだそうだ。まるでドキュメンタリーのようにリアルだ)と、アメリカ人観光客たち、彼らと対立してしまう犠牲者の夫妻のパートに分かれるる。土埃、羊の群れ、獣医による縫合手術、など迫力あるシーンの連続。
夫妻が、若さにあふれるブラッド・ピットとケイト・ブランシェットが演じているけれど、苦しむ、叫ぶ、怒る、泣くというシーンばかりでもったいないのか贅沢なのか分からない。
モロッコの砂漠地帯の時の流れは緩やかなので、今も同じ光景があると思う。

時間をずらしてパラレルに語られるのがカリフォルニアとメキシコだ。
監督のイニャリトゥはメキシコ人で、移民としてアメリカで活動し、両国の国境の緊張を描かずにはいられなかったというだけあって、二つの国のコントラストは強烈だ。アメリカの国境警察が与える恐ろしさも伝わる。この映画の10年後にもトランプ大統領がメキシコ国境を越えてくる者こそ諸悪の根源みたいなことを叫び続けるのだから、何も変わっていない。
メキシコはメキシコ・バロックとグアダルーペの聖母の国だから一度は行きたいけれど、この映画でリアルに伝わる町や村の感じを見ると、とても私には無理、と思う。
今までメキシコの人と親しく話したのは音楽学者だけで、ちょうどこの映画と同時代の話だ。このサイトのバロック音楽室1の『サラバンドの起源』に詳しく書いてある。
で、私の少ない砂漠体験(サウジアラビアとモロッコ)を振り返っても、安全なグループとの日帰りなら広大な景色を楽しめるけれど、とても私がサバイバルできる環境ではない。メキシコの喧騒も、私には無理。結婚式の賑わい方も、走る雌鶏を捕まえて逆さにして首をひねって引きちぎるシーンも無理。
国境線にこんな不毛な砂漠、荒野が広がっている光景も無理。

で、メキシコにもモロッコにも住めない、やっぱり日本はいいよね、さすがに日本、しかも新宿などの繁華街が出てくるシーンは「ホームグラウンドだよな」と思いたいところだったけれど…。このミニスカートにルーズソックスの女子高生たちやその周りにたむろする青年たちのナンパ、逆ナンパの光景は、まるでひと昔前のアニメの中の世界に紛れ込んだかのようで別のショックを受けた。
私は定期的に日本に帰っているから、こういう姿の女子高生たちをリアルに見たことはある。今はずっとソフトになっているようだけれど、基本的に膝上スカートというのでは、性同一性障害の女性なら耐えられないだろうし実際ズボンを選べる学校もあるようだ。(先日、日本の自衛官募集のアニメキャラのポスター騒ぎでポスターの例を見た時の驚きは忘れられない。自衛官の制服っぽく表現されているのはすべて女子中校生の制服 見間違うほどで、この『バベル』の映画の日本の場面と変わらない。このポスターがセクハラなどと批判されたことより、そんなものが存在できたということ自体で目が点になる。)
地震危険地帯にある東京の「バベルの塔」ともいえる高層マンションの最上階30階に住むこの女子高生が聴覚障害者だという設定がひねりをきかせていて、ディスコの喧騒、音楽が彼女にはまったく聞えていないことのシュールな感じが、孤独と、「見た目」と「関係性」について考えさせてくれる。
でも、フランスでのこの映画の評価では「日本のパート」が弱い、というのがあった。それも分かる。

これだけばらばらの国のばらばらの物語をうまく構成しているテクニックはすごいと思うけれど、評価がどうというより、複雑な気持ちになった。

メキシコよりも、モロッコの砂漠よりも、21世紀初めの日本の東京の若者の世界の方が、はるかに遠く感じられるからだ。直接の暴力もなく貧しさもない環境で未成年の少女をここまで深刻に傷つけることのできる社会って…。

まあ、全体を通して言えるのは、コミュニケーションが成り立たない、ということより、家族の死のトラウマかもしれない。
アメリカの夫婦は3人目の子供が眠っているうちに突然死したらしい。そのことが夫婦の溝をつくった。
日本の父と娘は妻であり母親である女性の銃による自殺(この設定や父親がモロッコで狩という設定も、日本的には不自然ではある)という壮絶な死のトラウマを抱えている。
モロッコ家族の父は、目の前で長男を撃たれてしまう。
メキシコの方は分からないが、おばと子供たちを降ろして逃走した甥が警察に追われて撃たれた可能性は大きい。

最終的にはアメリカ人の妻は一命をとりとめ、子供たちも助かるのだからこの家族の絆は強まったとはいえるのだけれど、3人目の子を失った事実は変わらない。
アメリカ人の夫がモロッコ人ガイドと共に妻のそばにいる時、ガイドの娘がお茶を持ってきてくれる。
「君の娘か」と聞かれて、「5人の子のうち3番目」と答える。
ブラッド・ピットも自分の2人の子の写真を見せるが、「何で2人しかいないんだ」と言われる。まるで彼らの3番目の子供が死んだことが分かるかのようだ。

高齢者の病死や老衰死と違って、赤ん坊や子供の死はつらい。
でも、運命や神を呪うことはできる。
家族に自殺されるのはもっとつらい。関係性を一方的に壊されて愛を拒否されたように感じるだろうからだ。

映画の最後には父と娘が抱き合ったり、国外退去を命じられたメキシコ人の乳母は自分の息子に迎えられて抱き合ったり、アメリカ人夫婦も絆を強めるのだから、一応のハッピーエンドはあるのだけれど、人生はどこでも誰にでもアクシデントや躓きが待っている、という思いだけが沈殿する。






by mariastella | 2019-05-31 00:05 | 映画
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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