4/15のノートルダム大聖堂の火災の時、聖遺物である「茨の冠」などが無事に救出されたというニュースがあった。この聖遺物は十字架の木や釘の一部と共に、十字軍がもたらしたもので、これを納めるためにシテ島のあの美しいサント・シャペルが建設された。
今はノートルダムの宝物館に納められていて、年に一度復活祭の間に内陣で公開される。いや普段でも宝物館で観られるけれどそれはガラス越しで、復活祭の聖週間には(昔は聖金曜日だけだったこともある)、特定の修道会の人たちがそれを見せてくれて、信者はずらりと並んでその前でひざまずいてクリスタルの環に口づけするのだ。
私が見に行ったのはもう何十年前か覚えていないし、現在どうなっているのかは知らないけれど、行った時はもう好奇心の塊だった。口づけするなど気が進まなかったけれど、じっくり見るだけではさすがにまずいのでみんなと同じようにしたけれど、その都度、アシスタントが白い布でその部分をぬぐうのだった。布の拭う場所をその都度変えていたのかは定かではない。その時に起こった「プチ奇跡」のことなど、以前にどこかに書いたような気がする。
ともかく、その「思い出の茨の冠」、宗教を抜きにしても、正倉院の宝物と同じでヨーロッパの中世史の貴重な遺物であることは確かだから、火災から逃れたのはめでたいのだけれど、それを救出した消防士が司祭であることを知って驚いた。
ジャン=マルク・フルニエという人で、消防士であり、司祭であり、聖墳墓修道会の騎士という三つの顔を持っているという。
ノートルダム大聖堂の内陣で、火の粉が舞い落ちる中、この茨の冠(クリスタルの環状チューブの中に枯れ枝が寄せ集められている)と聖母子像と聖体パンの入った容器などを救出したんだそうだ。
パリの消防士の標語は「救うか、死ぬか」というもので、みなが命をかける覚悟のいる職業だけれど、フルニエさんはすでにキリストに命をあずけているわけだ。
2008年には従軍司祭としてアフガニスタンに行き、10人のフランス兵がタリバンに殺された時に立ち会った。2015年11月のパリの同時多発テロでもバタクラン劇場で人々を救助した。地方の教区司祭であった時から消防ボランティアをしていたそうで、司祭服にベルトもせずローマンカラーもつけず、素足に木靴という姿でいつも人を笑わせる陽気な人柄らしい。
パリ消防局付き司祭という肩書だけれど、普通に消防士の一員として制服を着て活動している。
この話を聞いて、日本の消防署にも司祭だとか僧侶だとに向けたポストがあるのかどうか知りたくて検索したけれど見つからなかった。自衛隊の中にはキリスト教のサークルがあるそうだけれど、宗教者が常駐している感じではない。
日本で耳にするのはキリスト教系病院のチャプレンとか刑務所の教誨師だ。
刑務官や法務教官による道徳や倫理の一般教誨の他に、僧侶、神職、牧師、神父らの宗教者も希望によって出入りするようだ。
ノートルダムの火災の時に、日本では、法隆寺だの寺社の火災対策が比較して盛んに紹介されていたけれど、火災の時に駆け付ける消防士の中に僧侶がいて、宗教的な貴重品を真っ先に救い出してくれる、などというのは想像しにくい。
戦争とか、災害とか、生と死、存在と破壊が隣り合わせにある極限状態において、境界領域を生きるようなプロがいてくれるかどうかというのは、ひょっとしてすごい違いかもしれない。
全てが終わった後にやってきて冥福を祈ってくれたりお経を唱えてくれるのもいいけれど、修羅場で宗教のプロが身を挺して救いに来てくれるというのは大したものだなあ、と思った。
こんな雰囲気の53歳。