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L'art de croire             竹下節子ブログ

フランス料理と18世紀のフランス・バロック

世界最初のレストランは1765年にパリのパレロワイヤルに開かれた。

ヨーロッパで言えば、6,7世紀の頃にはいわゆるオーベルジュはあった。旅籠というか、文書配達、飛脚?用の寝泊まり場所での食事サービスで、巡礼宿などもこれに準ずるだろう。

その後、いわゆるカフェやタベルナ、居酒屋類はできたけれど、基本は「飲む」ため。ワインに合わせた食べ物が提供され、大テーブルを囲むという感じのものだったそうだ。

それが、「レストラン」つまり、「回復」、個別テーブルで、メニュー(最初は三種類だったという)を選べるものになった。今は100を超えるメニューが並ぶレストランまである。

それは、アンシャン・レジームに対抗するもので、四半世紀後のフランス革命につながるエスプリ、つまり、「誰でも好きなものを食べることができる」(一人のテーブルでもOK)し、提供されたものについて語ったり書いたりすることで「連帯」できるという「自由」の象徴だった。ガストロロジー(美食学)も生まれ、ヌーヴェル・キュイジーヌ(20世紀のものとは関係ない)と呼ばれた。

まあ、レストランの歴史の蘊蓄などはネットでもなんでも見てもらうとして、それからのフランス料理が哲学やアートと結びついていったことは確かだ。

ここで書きたいのは、その流れの中で、1770年代半ばにプロヴァンス伯の料理長だった人がパリのレストランで初めて、「味覚のコンポジション」を始めたということだ。料理自体はシンプルになった。

宮廷料理は、すでに見た目や装飾、素材のとり合わせは贅を極めていた。いろいろなプロトコルが存在した。

けれども、「味」に関しては、塩からいか甘いか、の二極を中心に構成されていた。

ところが、「レストラン」は、皿数や素材や盛り付けアートはシンプルになっていったけれど、「味」はさまざまな香辛料、隠し味を駆使した洗練されたものになっていった。

これは、フランスのバロック音楽におけるエレガンスの追求にそっくりだ。

今でも、バロック音楽と言えばイタリアやドイツのものがたくさん演奏されている。

特に、相変わらずバッハの音楽は、その精神性の高さで誉めそやされ、文化の違いを超えて普遍的に魂を揺さぶるかのように言われている。それに比べるとフランスのラモーなどはフランスの国境をなかなか越えられない、などと。

バッハが19世紀に再発見されて演奏されたころはロマン派風でバロックではなかったけれど、その華麗で緻密で大聖堂を建てていくような壮大さと計算しつくされたような複雑な細部の装飾、天へ向かう強迫観念みたいなものも含めて、人々を驚倒させた。フランス人など真っ先にバッハの豊穣さに傾倒して崇め始めた。

で、革命と共に忘れられていたラモーと彼の同時代のフランスのバロック曲の方は、20世紀になり、バロック・バレーの振付の発掘によってだんだんと理解され復活していくのだけれど、バロックにバッハのような霊性、精神性、密度、建築ロジックを期待していた人には、ラモーはよく理解されなかった。

バッハの音楽は豪華を極めた複雑な宮廷料理だ。けれども、霊性の味付けの方向は、塩と砂糖のコントラストのように、地上と天の二極でできていて、地上から天を仰ぎ、宴席に集う人たちをまとめて永遠だの救いだのに向かわせる。

ラモーの音楽は、一見シンプルだが、実は無数の香辛料を組み合わせた美食の歓び、つまり、生きる喜びの「回復」を一人ひとりに提供できる。霊性、精神性だけではなく実存的なのだ。

創造主の高みに向かう祈りのような音楽ではなく、創造主が「今度は何をどうやって創って香辛料を組み合わせて命を吹き込もうかなあ」、とわくわくとしているかのようだ。で、命を吹き込まれるので、踊りたくなる。命とは聖霊の踊りなのだ。

壮麗な建築でなく、多様性の連鎖が一見シンプルに次々と生まれていく。まさに「神業」だ。バッハのような「祈り」を誘発しない。この「一見シンプル」「一見軽やかで無垢」というのがフランス音楽における「エレガンス」の意味だ。(実は、数学的テクニックを駆使しているうえ、複合的なので、曲の分析も演奏もとても難易度が高い)

私はヴィオラでバッハを弾くのは好きだ。オーケストラやアンサンブルで弾いていると恍惚となる。

でもラモーのエレガンスで体の動きを誘発するのは擦弦楽器や管楽器では難しい。バロックの身体感覚で踊るのには、撥弦楽器が向いている。(テオルブやギターやチェンバロ)

しかもラモーの魅力を最大にするには、その構成を研究し尽くして複数の撥弦楽器で分けて弾くのが一番いい。

たとえば、すばらしいチェンバロ曲も、10本の指で弾き分けるのは不可能に近いからだ。

けれども、フランス革命前の、それこそ革命的な、見た目のシンプルさと隠し味のヴァリエーションというフランス・バロックの成果の一部をなす「新しいフランス料理」は、革命後の帝政やら王政復古やらブルジョワジーの台頭で、再び「見た目」の宮廷化へと向かっていった。ブルジョワジーが王侯貴族の複雑なマナーや豪華な食卓をコピーし始めたからだ。

で、日本でも今でも「国賓」を迎える時の標準となっているという「フレンチ」は、そのアンシャン・レジームの食卓イメージをコピーしている。マナーも含めた「おフランス」が「本格フレンチ」の敷居を高くする。

日本で本来の「懐石料理」が「会席料理」と融合してしまったのと似ている。

でも、バロック後期に始まった「フレンチ」エレガンスの料理は、日本の茶の湯や懐石料理などのシンプル・エレガンスと本来は相性がいいので、「フレンチ懐石」などというジャンルも現れるし、フランスでも和テイストを活用するヌーヴェル・キュイジーヌが続いている。

それなのに、先日行った広尾のフレンチ懐石の店のバック・ミュージックはジャズだった。

フレンチレストランでは絶対にラモー以降のフランス・バロックの曲をかけてほしい。

命の回復の歓び、食の歓びにふさわしい。

(個人的にはバッハのカンタータを聴きながら食事したくない)

(バッハはフランス音楽、ラモーの理論に精通していた。バロック・バレーの愛好家で実践者でもあった。超越へ向かう祈りの音楽は、体を動かすダンス音楽と両輪をなしているのだ。もともと音楽そのものが、実存を超えた境界領域にあるのだから、心と体の栄養、新陳代謝にふさわしい。)

また後でプログラムを含めた案内を載せるつもりですが、6/15のパリのコンサートのお知らせを載せておきます。来春の沖縄支援コンサートの資金作りの一環です。

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by mariastella | 2019-05-29 00:05 | 音楽
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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