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L'art de croire             竹下節子ブログ

覚書から その3 チョコレート

1945415日にイギリス軍がドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所を解放した。


『アンネの日記』のアンネが殺されたので有名なところだけれど、ここの生存者2人のエピソードは何度聞いても涙が出る。今年は4月の13日にテレビで2人がインタビューに答えているのを聞いてまた泣いてしまった。


イボンヌは194410/20に収容所で生まれた。 妊娠していた母親は、収容所にやってきた時に35キロくらいの体重しかなかった。母親は助産婦だったので妊娠を隠して自分で出産し、新生児が殺されないようにと服の中に隠した。赤ん坊のイボンヌはそれからの半年、一度も泣かなかった。解放されたその日、服の中から出されて、はじめて泣き声を上げた。


フランシーヌ・クリストフは11歳だった。音楽家、医師、数学者、将軍などを輩出したパリのブルジョワ家庭出身で、ユダヤ人としてのアイデンティティはなかったのに、8歳の時に母親と共に逮捕された。それからいろいろな場所をたらいまわしにされた末、1943年にベルゲン・ベルゼンに移されていた。母親と一緒にいたが栄養失調で飢えていた。フランシーヌの母親は、いざとなったら砂糖があれば生き延びられる、私には砂糖はないけれどチョコレートがふたかけらある、これをいざという時のためにあなたのためにとってあるからね、と言っていた。


ところが、収容所でやせ細った妊婦(イボンヌの母)が赤ん坊を産んだのを見たフランシーヌの母親は、その母子が生き延びるために、このチョコレートを提供しようとした。そしてフランシーヌに尋ねた。

「このチョコレートはあなたのためにとってあるものだから、あなたの合意なしには他の人に上げることはできないけれどどうする ?

フランシーヌは同意した。

二組の母子は半年後に解放された。


フランシーヌは詩人、作家となって自分の戦争体験を本にしたり講演したりしていた。

その体験談の中に、194410月に赤ん坊が生まれたという記述があったのを、成長したイボンヌが偶然目にした。その赤ん坊は自分以外にはない。

で、ある時、フランシーヌの講演会場に行き、ステージに上がって、ふたかけらのチョコレートをフランシーヌに差し出した。メッセージは伝わった。


最悪の状況で生まれ暮らした二人の少女と赤ん坊が、生きて解放されたこと自体が奇跡的だけれど、85歳と74歳の今も元気でいるのはすばらしい。

収容所の中には別のフランシーヌや別のイボンヌもいたかもしれない。そして善意と慈しみにかかわらず、そのまま衰弱死したりガス室に送られたりしたかもしれない。


それでも、二人の証言は、希望を与えてくれるし、人はいかに生きるべきかを教えてくれる。


by mariastella | 2019-06-04 00:05 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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