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L'art de croire             竹下節子ブログ

オクシタニ―旅行記 その10

次の目的地は、コンクの修道院付きサント・フォワ教会。石灰岩の崖の見えるロカマドゥールと違って山間の風景は何となく日本風。

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ここはもう、山の中の村のたたずまいそのものが美しくて、フランスの最も美しい村のランキングにいつも登場する。谷間の宝石みたいなところだ。

教会の前への車のアクセスは難しく、その上の駐車場に止める。ホテルやレストランも、二階が駐車場側、一階に降りると反対側が教会の前という造りが多い。

駐車場に向かう道の斜面にはヤギがいて鈴の音をたてている。

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村の形がホタテ貝に似ているのでコンクという名が付き、サンチアゴの巡礼の大切な通過点になっていた。

八世紀にダドンによって開かれて発展し始めたドミニコ会系修道院は、なんというか、ビジネスのセンスにすぐれていた。

繁栄するためには巡礼地にしなくてはならない。巡礼地にするには聖遺物が必要だ。

まだ十字軍でエルサレムに行ったりイタリアに行ったりして聖遺物を持ち帰るような時代でもなく、王侯貴族でもないから財力もない。カテドラルでもないただの修道院だ。そこで比較的近間のアジャンの修道院にある12歳の処女殉教者聖女フォワの聖遺物に目をつけた。303年にアジャンで殉教した聖女だ。それをやって持ち帰るかというのは「盗む」という手段だった。そのために、わざわざ、修道士2人を聖女フォワの聖遺物のある修道院に派遣して働かせ、10年後にはすっかり信頼されて聖遺物を扱うポストに就いた。で、みごと聖遺物を盗み出して持ち帰った。

もとより303年の殉教処女なんて、普遍教会の崇敬の対象でもなく、アジャンという地元の聖女に過ぎない。しかも、10年もかけてそれを盗み出した。それを隠すわけでもなく、堂々と公開し、「奇跡」が続出。うーん、確かに10年もかけて盗み出すほどの熱意そのものが奇跡のポテンシャルを生んだのかもしれない。

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その由来は堂々と今でも付属の博物館のステンドグラスに描かれている。上が二人を送り出すところ。中が聖遺物を盗み出すシーン。下が、それを持ち帰ったら、失明者の目が見えるという奇跡がすぐに起こったシーン。

しかも、よくある聖遺物のように遺骨を飾る85センチの黄金の聖女の座像を造って聖遺物容器とした。今でも宝物館で見ることができる。撮影禁止だったのでここでどうぞ

このような金ぴかで宝石象嵌の人物像型聖遺物入れは、このコンクが初めてだった。その発想もすごい。

確かに、何となくツタンカーメンの黄金棺みたいだ。王様でもない無名の12歳の少女(フォワというのは信仰という意味)でも、金や宝石で飾られると威力を発揮するというのはすごい。

「奇跡」を出現させる力って、いったい何なんだろう、と思ってしまう。ツタンカーメンは奇跡より、墓を暴いた「呪い」という感じだったけれど、サント・フォワは盗み出した骨を飾り立てられて「効験あらたか」になったのだから。

もともと、キリスト教的には、聖人の遺骨と言えども、そのような貴金属や宝石で贅沢に飾られた像を崇敬するというのは、偶像崇拝になるのでそれまで存在しなかった(モーセの頃から、エジプトを出たイスラエル族が黄金の子牛像を造って叱られている)。サント・フォワ像を批判する声もあったようだ。

けれども、このコンクの修道院のマーケティング戦略が当たり、サント・フォワ像が大成功を収めて、巡礼が殺到し、この教会が1112世紀には権勢が最高潮に達したという。その名声がとどろき渡ったので、これをきっかけに、豪華な胸像型の聖遺物容れが一般化したという。

ところが、15世紀頃にはもう廃れて修道会もなくなっていた。

けれども、このような人里離れた谷間にあるせいか、宗教戦争やフランス革命の影響も受けず、宝物や正門は住民たちに守られていたので、19世紀に再発見されて補修された。ロマネスク教会の傑作と言われるこの教会は今も過去の栄光のオーラを保っている。1873年からはプレモントレ修道会の修道士が常駐するようになった。サント・フォワの聖遺骨入りの黄金の胸像にもまた巡礼が復活した。(続く)


by mariastella | 2019-09-13 00:05 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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