人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

演奏者はいらないというダンサーたち

昨年9月に最初にバロック・バレーのレッスンに行った時のこと。
クリスティーヌはまだ手術の予後で足の外旋が不自由だったのでエリーズが応援に来ていた。
エリーズと会うのは久しぶりだ。
思えばクラシックから転向したエリーズをエマニュエルがクリスティーヌのクラスに連れてきた最初の日からの付き合いで、東日本大震災のチャリティーコンサートを海軍ホールで私が企画した時に、エマニュエルといっしょにいろいろ踊ってくれた。
演奏者はいらないというダンサーたち_c0175451_05255826.jpeg
演奏者はいらないというダンサーたち_c0175451_05250747.jpeg
ああ、この時私はまだ左肩拘縮でギターを低く構えている…



クリスティーヌらとルネサンスのパヴァーヌの話をして、その日はリュリーのクーラントを踊ったのだけれど、音楽が今一つ踊りに合っていない。
バロックのダンス曲というのは、踊りに合わさなくてはいけない。踊り手が曲に合わせるのではない。
1650-1750年の100年間のフランスは、ダンスが音楽より「えらかった」唯一の時期、と言われている。

実際、ルイ14世が親政をはじめてすぐに王立のダンスアカデミーを創立(1661)してから、実際にオペラバレーが上演されるまでに4,5年かかっている。(オペラのアカデミーは1669年、音楽のアカデミーができるのはそのまた数年後の1673年だ。)

なぜかというと、ダンスのアカデミーができた時に、ダンサーたちが、音楽家は入れない、といったからだ。当時のダンサーはみな演奏家でもあった。最初のダンスアカデミーのメンバーは、ルイ14世と共に踊っていた仲間たちが中心だ。

そして音楽家を締め出したダンスアカデミーが独自にダンス曲の演奏家を養成し始めた。それに時間がかかったのだ。

ここでいう「音楽家」とは、メネストリエルという演奏家同業組合のメンバーということだ。メネストリエルは、定住しない吟遊音楽家などを統制するために国王の肝入りで1321年に始まったもので上納金を納めてメンバー登録をしなければ音楽活動ができなかった。16世紀が最盛期で、入会試験には国王も列席し、その中心はロイヤル・チャペルのオーケストラ24名でそのトップの称号が「ヴァイオリン王」がというもので、ダンスアカデミーができた時のヴァイオリン王はギヨーム・デュマノワールだった。彼はダンスアカデミーの設立に反対した。音楽アカデミーができた時、もうそのメンバーはメネストリエルに登録しなかった。

それから一世紀以上、メネストリエルとアカデミーは並立したが、フランス革命でメネストリエルは消滅した。

そういうわけで、フランスのバロック・バレー曲や、当時のフランス式のバレー組曲(ガボット、メヌエット、ブーレ、クーラント、サラバンド etc…)は、すべて、踊りを知り尽くしている演奏の仕方が前提なのだ。
私のアンサンブルの弾くダンス曲は、バロック後期のミオンやラモーの時代なので、今度は逆の現象が起こっている。曲の中に身体性やステップが組み込まれているので、もうダンサーは必要ないという世界なのだ。

おもしろいのは、ルイ14世の周囲のダンサーたちがもう音楽家は要らない、と反乱したのと同じようなことが1980年代のアメリカのコンテンポラリーダンスの世界で起こったことだ。彼らはもう既成の音楽を使うことを拒否した。

音楽とダンスが絶対に仲間割れしない次元というのは、音楽の一要素であるリズムの次元だけだ。太鼓さえあれば、大地を踏む足さえあれば、踊りは成立する。

逆に、ラモーの舞曲の身体性、複合したリズム、重力感を完全に理解して演奏するならば、それは、メロディーもハーモニーも精神性も備えた完璧なクリエーションになる。

残念なことに、ラモーの曲だけではなく、たいていの曲は、たいていのオーケストラが楽譜づらを見ただけで初見に近い形でこなしてしまうのが現実で、「踊れる」演奏の録音は非常に少ない。
本物のバロック・ダンサーと共演する経験があったり、フランシーヌ・ランスローが監修したりした録音は、だから、ほんとうに貴重だ。


by mariastella | 2020-07-12 00:05 | 踊り
<< トルコとフランスとマルタ騎士団 三澤洋史さんの『ちょっとお話し... >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

by mariastella
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 08月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧