フリーメイスン専門書店で特にフリーメイスンに関心があったわけでもないのに雇われている書店員Lさんといろいろな世間話をした。書店を後にしたのは午後5時を過ぎていたのに、私の買った本がその日はじめて売れた本だと言っていた。私がいた間に2、3人の人が入ってきたけれどすぐ出ていった。
で、誰も来ない時にLさんが何をしているかというと、PCで映画を観ているか、本を読んでいる。
フリーメイスンがらみで最近の世界の情勢、環境問題や社会問題の話を2人でした。
その時にLさんが今読み返している、という本を見せてくれた。
昔読んだけれど、今読むと、もっと切実だという』
それはイアン・バンクス(イアン・M・バンクス)というスコットランドの小説家のSF小説だった。
人類を含めた未来の宇宙間文明「カルチャー」というところが舞台のシリーズだ。
日本では『ゲーム・プレイヤー(The Player of Games) (1988年)』というのだけが訳されている。新版もあった。
ここの世界には、「中央がないんだ」、とL さんは言う。
人間も異星人もロボットもヒエラルキーなしに共存していて、でも、政府というものがない。
そして、金というものもない。
私有の土地がない。
政府がなくても、金がなくても世界は回る。
法律もない。
「所有」がないところには「力」や「権威」が意味を失う。
こんなユートピアは家族だとか極小のコミュニティでしか成立しないと思いがちだけれど、バンクスの世界では30兆に及ぶ構成員が完全に平和に平等に暮らしている。
アナルシーがユートピアであることの条件とは?
当然プルードンを連想する。
プルードンを生んだフランスの作家でないのが残念だけれど、フランスの読者と親和性があるだろう。
本好きで書店員以外の仕事は考えられないというLさんは、免状社会のフランスではエリートでなく、50歳を過ぎての再就職に苦労した人だ。
宇宙文明のSFと言えば、銀河連邦、連盟、帝国、共和国、銀河警察、宇宙戦艦、など、この世界の力と権威と争奪の歴史の延長みたいなものが多い。バンクスの「カルチャー」のようなフラットな「自由」を表現したものは少ないのではないだろうか。
人間中心主義で、各メンバーが自分を磨いて「完成」の道を歩む「進歩思想」のフリーメイスンは、フランスでは左派思想をインスパイアしてきた。それとも少し違う。
バンクスの本を読んでインスパイアされる人が増えれば何かが変わるのかもしれない。
今の世界って、逆に、なんだかオーウェルの『1984年』にインスパイアされているかのごとき世界になっている。ディストピアはちゃんとディストピアと呼ぼう。
バンクスを読んでみたい。