11/3、デザインサイトの後で銀座に行く。
歌舞伎座地下にはこんなクリスマスツリーが。

こういう折衷感は日本独特で楽しい。
銀座のデパートでお弁当を買って、新橋演舞場に向かい、チケットを手配してくれた役者さんに連れがお弁当を差し入れている間に、隣の小公園を見るとハーブ園があった。


ぐるりと一周できる。
新橋演舞場では、スーパー歌舞伎も、「ヤマトタケル」や「新三国志」、を見たことがあるし、他の歌舞伎も見たことがあるけれどこんな場所があるなんて知らなかった。楽屋口の近くだからだろうか。

オグリは夜の部なので市川猿之助。

舞台の後ろ側が鏡になっていて、座席が映っている。
最初に桜の花びらがどっと舞い落ちてくる花吹雪。ラストの踊りでは赤いハートがどっと舞い落ちる。
物語は、中世説話にある小栗党のリーダー小栗判官が、殺され、地獄に堕ち、閻魔と戦う。そして、この世に戻されたオグリは、体が腐って朽ちていく餓鬼病となり、屈辱を受けつつ、遊行上人の智恵で、人々に土車を引かれて熊野の湯の峰にたどりついて病が癒える。
オグリと婚姻の儀を終えていた照手姫は、オグリを殺された絶望にもかかわらず、生き抜くことを使命としてさまざまな困難を乗り越えていく。
この照手姫が坂東新悟で、存在感があって美しい。それに比べたら、猿之助のオグリはなんだかずんぐりむっくりしていて、照手姫と釣り合っていないなあ、昼の部でオグリを演る中村隼人の方が釣り合っているんじゃないか、と最初は思った。
オグリが何を言ってもしても、なんだか滑稽な雰囲気が漂っている気がしたのだ。
ところが、第三幕で、これでもか、これでもか、というくらい、醜く、辛い目にあわされ続けているうちに、オグリの迫力が増してくる。クライマックスに至る時は説得力が最大になる。器がぐっと大きくなって、劇場いっぱいを包んでしまう。
原作は、今年初めに亡くなった梅原猛さん。
彼の一神教批判は、一神教も仏教も完全には理解していなかったのではないかと思わせるもので、同意できるものではなかったけれど、この「オグリ」にはむしろキリスト教的な色合いがあるのがおもしろい。
彼には、2004年のスーパー狂言「王様と恐竜」のパリ公演の打ち上げで会ったことがある。その時のことは
この記事の「エスカトロジーと…」というところに書いた。恐竜を演じた
茂山千之丞さんが愉快なプレゼントをくれたエピソードだ。このスーパー狂言の衣裳や舞台美術、ポスターを制作した横尾忠則さんにもその時にお会いしたのを覚えている。なつかしい。