まず、10/22、日本に行く飛行機、で見た邦画2本。
劇場版「おっさんずラブ」
日本のブログなどで女性にも話題になっていたから好奇心で見てみた。
こういうドタバタコメディだとは思っていなかったので少し驚いたけれど結局最後まで見てしまった。炎に包まれるようなシーンがあって、よくできている。
同性愛やゲイに関する日本とフランスの差に一番驚かされた。
この映画をフランスのゲイの友人たちと見て楽しむことができるのだろうか。
女性の話題になっていたように、ここに出てくる男たちを女たちが余裕で鑑賞できるような作りになっているともいえる。
日本の会社の本社と営業所の関係とか、会社ドラマとしてどこまでリアルなのかは知らないけれど、まあビッグコミックのサラリーマン漫画を読んでいるような気分で興味深かった。
もう一つが 劇場版「光のお父さん」
あまり売れなかったとかもきくファイナルファンタジーXIVのプロモーションドラマの映画化だそうだ。これは内容が想像でき過ぎて少しだけ見ようと思っていたのに、つい最後まで見てしまった。ハッピーエンドだし、「泣ける」父と子ストーリーで、勤めている成人の子供が親と同居しているという日本的シチュエーションをのぞき見するのも興味深かったし、前作と同様「会社」のメンタリティーを見るのもまあおもしろい。
で、この2作共に、吉田鋼太郎という俳優が出ている。演技の幅が広いのに感心するし、リタイア前の年齢の、日本の「中高年男性」の誇り高いけれど不器用なイメージの典型みたいな印象がある。不思議だと思うのは、私が若い頃に抱いていたこの年代の日本男性のイメージと、今や私よりも若い、吉田鋼太郎の世代の「おじさん」と、何も変わっていないということだ。
とうして?
「世代」とは「時代」よりも強し、ということなのだろうか?
それは日本の街で見る「オバサン」や中高年女性にも言える。
以前はそれは私の母の世代の姿だった。
今は、自分の世代の姿なのに、「母の世代」と変わらない。
「おっさんずラブ」は、「普通の日本人のおじさんたち」とは破格に違うはずなのに、これが広く茶の間でも受ける無害なコメディとして成立するという時点で、「日本人のスタンダード」が想像できてしまう。
フランスではどうか、というと、少なくとも大都市では日本よりはずっと多民族が混ざっているし、みんな勝手に生きている感じだから、年とったからといって生き方のスタイルがそんなに変わる感じはしない。
ともかく、機内で見たこの不思議な映画2本と吉田鋼太郎漬けで、気分はもうすっかり「日本」に切り替わった。