閑話挿入 その4 普遍主義とナショナリズム昨年11月下旬のローマ教皇来日は実質3日間ほどでしかなかったけれど、教皇ミサや被爆地訪問などに出席した人たちによるいろいろな感想を読んだ。 その感動ぶりを見ると、ヨハネ=パウロ二世以来38年ぶりにサンタクロースがやってきたような出来事だったのだなあ、と思う。 教皇にとっては、その後ですぐにヴァティカン内の汚職やスキャンダルについて独自調査の結果を発表するというタイミングから考えても、さぞやストレスフルな時期だったに違いない。それでも高齢にかかわらず心身のマネージメントができるのは、やはり「聖霊の働き」というか、依って立つところが違うのだろう。 ヨハネ=パウロ二世は、日本を訪れた数ヶ月後にテロリストに撃たれた。奇跡的に助かったとはいえ健康を損なってしまうのだけれど、その2年前には、まだ50代の若く元気な姿で、祖国であるポーランドをに、教皇としてはじめて訪れた。1979年だから、去年からは40年前ということになる。教皇に選出されたのがその前年の10月だった。前教皇が就任してすぐに亡くなったというまさかの展開で誰もが驚いた。 最も驚いたのがポーランドの人々だ。 伝統的なカトリック国のポーランドが無神論的共産圏に組み込まれていた時に、「天の配剤」があった、と神に感謝したわけではない。 1979年の時点では、民衆は、もう誰も、ソ連でさえ、共産主義世界のユートピアなど信じていなかった。 「希望」はなかったのだ。 ところが、ポーランド人教皇が選出されたということは伝わる。 そこで火がついたのは、「カトリック」という宗教アイデンティティではなく、「ナショナリズム」だった。 共産主義は、労働者による革命という平等社会のユートピアを掲げ、それは国籍と関係のない労働者の団結(ソヴィエト)であり、すべての労働者が「同志」であるという「普遍主義」であるはずだった。 しかし 1970年代の終わりにはすでに普遍主義の「幻想」は消えていた。 もともと、キリスト教という、これも、人類がみな神の子できょうだいであるという平等な「普遍主義」の欺瞞と幻想と限界が、無神論的「普遍主義」の共産主義へと向かったのだが、それも維持できなくなったのだわけだ。 そんな時、ソ連に牛耳られているポーランドが、世界中に信徒を持つローマ・カトリックの教皇にポーランド人が選出されたと知らされた。 今、あらためて教皇選出を知った当時のポーランドの映像を見ると、彼らの驚きと歓喜は、彼らの「信仰」の次元とは関係なく「ナショナリズム」の爆発のようだ。 「信じられない」というのが第一声。この時から、カロル・ヴォイティワは「世界一有名なポーランド人」になった。 いや、彼らのイメージでは、世界一有名な人がポーランド人になった、という感覚だ。 「共産主義」の普遍主義に幻滅した彼らがキリスト教の普遍主義に再び目覚めたわけではない。 そして、翌1979年にローマ教皇がポーランドにやってきた。彼をひと目でも見なければ信じられない。 「西側」のカメラの映像が、その時の感動やぎっしりと街をうめつくした人々をとらえている。 ヨハネ=パウロ二世を直接見ることができなかった人々はテレビの前に釘付けになった。 興味深いのは、ポーランドの公営テレビ局が流した映像のフレームワークには群衆の姿が注意深くカットされていることだ。ミサの様子も映ったけれど、教皇と共同司式者の姿だけしか見せない。 でも、この時の、ポーランド人のナショナリズム的な熱狂を見ると、ヨハネ=パウロ二世がもたらしたものは、ポーランド人の「回心」やら、カトリックアイデンティティの回復などではない。すでにソ連による支配も統制も共産主義のユートピアも信じられなくなって袋小路にいたポーランド人が一気に回復した「自信」なのだ。 私は『ローマ法王』(角川ソフィア文庫)の中で、ヨハネ=パウロ二世がレーガン大統領と共に冷戦終結の功労者であったことについてけっこう詳しく書いた。でも、当時の「社会主義という名の普遍主義」の抜け殻を打ち破ったのがポーランド人の「ナショナリズム」の起動だったのだ、という明白な認識はなかった。 フランシスコ教皇は、また少し違う。南アメリカ出身という立場から、北半球諸国のエゴイズムを批判しているけれど、「アルゼンチン」から、という視座ではない。 強者のエゴイズムの犠牲になっている世界中の人々の側に立っている。 サンタクロースの健康を祈るばかりだ。
by mariastella
| 2020-01-24 00:05
| 宗教
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