ローラ・モロジーニは50代のエコロジー活動家だ。
2011年に「地球のための断食」を提唱したり、2013年からは四旬節の40日間肉と魚を絶つ運動、その後には過剰消費を考え直すクリスマスの過ごし方を提唱、パリのエコロジー政策の助言をし、「地球のための統一キリスト教会」というエキュメニカル運動の先頭に立ち、「緑の教会」を立ち上げ(2017年以来370の教会や宗教団体が参加)、エコロジー的回心のコンサルタントとしてフランスの司教会議にもアドバイスしている。
こういうエネルギッシュな活動家キャリアを見ていると、私などは、後ろめたいせいかどうか分からないけれど、なんだか腰が引けてしまう。グレタ・トゥンベリさんのようにいつも怒って糾弾しているかのようではなくても、断食など自ら具体的に実行して見せて、さあ、続きなさい、と叱咤されている気がする。
では、「キリスト者」としての活動はどういうニュアンスをもっているのだろう。
ミラノとモナコで育ち、ボルドーの政治学院でジャック・エリュールの薫陶を受けた。エリュールといえばプロテスタントの神学者、社会学者で、今思うとエコロジー神学の先駆者みたいな人だった。その後、リモージュで環境学を修めて「活動家」となり、1995年に最初の緑の党議員になったマリー=エレーヌ・オベールの秘書となる。
それからさまざまな環境保護活動を続けるわけだけれど、そんな彼女に衝撃を与えたのが2015年の教皇回勅『ラウダトシー』で、社会問題と環境問題の関係が明言されたことだった。
「地球の叫びと貧しい人々の叫びの両方はつながっている。
弱者の尊厳が踏みにじられていることと自然が踏みにじられていることは別々の現象ではない。
糾弾、警告。でも、教皇の姿勢はポジティヴで、希望に彩られている。地球滅亡説には向かわない。
「環境問題の意識化はますます緊急になっています。けれども、キリスト教的希望が、絶望や諦めに対しても、暴力に対しても貴重なガードとなっています。」とローラは言う。
なるほどなあ、と思う。
この人自身も、エコロジー活動家として、極端に走ったり、「意識の低い人」を見下したり罵ったりという気持ちもきっと経験してきたのだろう。早くみんなの眼が覚めなければ、世界は滅びる、と本気で焦ったこともあるのかもしれない。
「暴力」というのはディープエコロジストによる行き過ぎた実力行使でもあるし、驕った人間が自然や動植物に向ける搾取でもあるのだろう。
『ラウダトシー』は実際よくできている。
これがエコロジー活動家のバイブルになれば、エコロジーを掲げる利益団体のロビーなどに惑わされたり踊らされたりする活動家がずっと少なくなるだろうな、とあらためて考えさせられた。
(続く)