次はアフリカ大陸に移って、エチオピア首相のアビィ・アハメド。
2019年のノーベル平和賞を受賞した。
2018年もコンゴの医師デニス・ムクウェゲが受賞した。中東やアフリカの内戦やテロの犠牲になった人に寄り添ったり、和解を実践したりした人たちだ。2019年はグレタ・トゥンベリも推薦されたそうだけれど、次元が違う。
エチオピアは、エジプト、スーダンとの問題を抱え、特にエリトリアとの国境紛争で荒廃していたが、それを乗り越えても、多くのアフリカ国家と同様に部族が共生するので、常に分離独立運動がある。アビー首相は、強権による弾圧や統制の道ではなく、和解路線で道を開いた。それでももちろん平和は常に開拓していく道であって途上にあるのだけれど、「進む方向」が評価された。
くわしいことはネットで検索してもらうとして、どうして彼が「キリスト者」として評価されたかというと、この人は、ペンテコスタ派のプロテスタントに改宗して、Full Gospel Believers'Churchの熱心なメンバーであるからだ。2018年の受賞者である医師もペンテコスタ派のキリスト者だった。
ペンテコステはというのは、聖霊降臨という名の通り聖霊の働きに導かれるダイナミックなプロテスタントだ。倫理感が強く布教にも勢いがある。20世紀初めのアメリカ発祥であるからアフリカの植民地時代の政治色とは違うし、権力者と宗主国との癒着による宗派でもなく、特定部族の部族宗教とも違う。そこから生まれた「聖霊」普遍主義が、いい感じでアフリカに広まっているのだとしたら、希望が持てる。
もちろん、キリスト者だから平和を希求できるとか和解できる、敵を赦せるというわけではない。
けれども、ルワンダでツチ族政権がフツ族を組織的に虐殺した時の生き残った孤児たちを集めて教育施設を作った女性の話を聞いてなるほどと思った。彼女は、家族も家も何もかも、目の前で失って非常な苦難を生き延びた。でも子供たちに恨みや報復感情を与えず、未来の平和な社会の力となるように教育に全力を注いでいる。報復して敵を虐殺しても自分の失ったものは帰ってこないし、傷も癒されない。この女性が、「あなたは信仰篤いカトリックということですが」と聞かれて、「そうです。そうでなければ、とうてい赦すことなんてできません。私は全部を失ったんですよ、目の前で家族全部を殺されたんですよ。」と答えた。
なるほど、キリスト教徒だから「敵を赦せ」という言葉に従うわけではない。
でも、どうしても、「赦す以外には、ポジティヴに生き延びる道はない」と観念した時にそれを支えてひと押ししてくれるのが信仰だということなのだろう。
理不尽な最悪の形で処刑されたキリストが十字架上で「父よ、彼らをお赦しください」と言ったというのだから、確かに支えにはなる。
そんな「赦し」と平和な未来志向の「聖霊」がアフリカにもっともっと広まってくれればいい。と思う。