昨年末、交通ストでうちに引きこもっていた数日、一冊の本を通して読み終わるという数年ぶりの贅沢な時間をつくった。
私はたくさんの本をざっと読む。自分の考えの参考文献とする本は、購入する時点でもう、その本のどこに注目し何を知りたいのかがわかっているので、1頁目から最後まで通して読むことはない。時間短縮のため本に線を引いたり書き込んだりもするし、すぐに必要事項をPCに入力したり、スクリーンショットをとっておいたりもする。
「通して読む」こと自体が求められる小説を読みだすこともあるけれど、まとまった時間が取れないうちに別の本を読む必要が出てきたり、他の小説に目が移ったりして、少し間をおいてしまうと、読みかけの途中部分に戻っても、前の方のディティールを忘れていたり、なかなか集中できなかったりして、結局「読み差し」の本がたまる。
日本でも読みやすそうな新書や文庫本を毎回少しは買うのだけれど、「読み飛ばせる」エッセイなどは別として、しばしその世界にのめりこみたいタイプの小説はなかなかとりかかれない。
で、今回は絶対に読み通さないと醍醐味に到達できない文庫本を読むことに決めた。
アンソニー・ホロヴィッツの『メインテーマは殺人』だ。創元推理文庫で500ページ近い長編である上に、至る所に伏線が張られているタイプの本なので、「ざっと読み飛ばす」ことはできない。
こういう本格派のイギリス系「探偵小説」を読むのは久しぶりだ。
ミステリーは少女の頃から、ホームズ、ポワロなどで育ったので、「翻訳世界」が私の中で一つのジャンルになっている。松本清張などの日本作家のものを読むようになったのは、ずっと後のことだ。フランスに来てからは、フランスのミステリーはフランス語で読むようになったけれど、例えば、日本語で読んだ「黄色い部屋の秘密」とかルパンのシリーズなどは、どうしてもフランス語では読み返せない。もう「日本語世界」に属しているからだ。そして、「英米ミステリー」は、英語でもフランス語訳でも読まず、懐かしの「日本語翻訳ミステリー」で読み続けている。
それでも、日本で買うものには日本作家のミステリーに目が行くので、最近、英米ミステリーの翻訳ものを買うことは少ない。しかもこの本のように懐かしの「本格ミステリー」でありながら21世紀の今ならではの伏線があるものを一気に読む贅沢を味わうなんて初めてだ。
すごくよくできている。
評判はあちこちに書いてあるから、私が付け加えることはあまりないけれど、必要な「情報」が少しずつ、公平に小出しにされる展開は、作家が探偵に頼まれて同時進行で謎解きに参加するというユニークな構成ならではのものだ。(もっとも、とてもイギリス的、かつ英語的なので、日本人が日本語で読むと効果が薄れるディティールもたくさんある。)
レッスンや練習が休みで引きこもれるという貴重な時間なのだから、もっと「生産的」な読書をすべきかとも思ったけれど、後悔はしていない。
私のホームズ・シリーズ読書は「少年少女」向けの読破から始まった。
はじめて大人向けの「推理文庫」の形で読んだのが小学生の時に読んだ『オリエント急行殺人事件』だった。小学校高学年になってからのお気に入りはヴァン・ダインの推理小説で、中学生になってからはSFマガジンを読むようになってSFに傾いた時期もある。ミステリーやSF以外のいわゆる「小説」を読むのはずっと少なく、フランスに住むようになってから友人に借りて読んだ『坂の上の雲』から日本の歴史小説をたくさん読むようになった。
そんなことまでいろいろと思い出させてくれるような、ノスタルジックで楽しいひと時をホロヴィッツはくれた。このホーソーン・シリーズの次作ももう出ているそうで、翻訳されるのが楽しみだ。