宗教と合理性先日紹介したレミ・ブラーグとスレイマン・バシル・ディアヌの「論争」を読んでいて、こう言ってしまっては身もふたもないけれど、一神教も多神教も、ヨーロッパもアフリカも中東もアジアも、人間性って変わらないなあと思った。 井筒俊彦さんがよく、東洋思想の伝統の重みを背負う日本人として、また西洋思想に基づく思考方法を確立した学者として、東洋と西洋の二分法を超えた宗教観の実存的関わりの意義を検討する、ということを言っていた。 私も、日本の戦後の都会の核家族で生まれて育って、特定宗教の帰属感なしに高等教育を受けた日本人として、ヨーロッパのカトリック文化と革命思想が混在するフランスで暮らし、中東を身近に感じ、ムスリム・コミュニティの確執やテロの危険を実感する中で、複眼的な比較宗教を分析してきたつもりだ。 でも、ものごとを知れば知るほど、大衆、民衆、群衆、共同体の思考傾向と、宗教者、哲学者たちの思考傾向は、地域的な差どころか、時代的な差さえも超えて、共通しているものがあるといつも驚かされる。 それの一つは、いつでも、どこでも、精神が自由な状態にある時には、「信じる心」と「疑う心」が併存しているということであり、答えを求める時には、「正解の開示」と「最適解の模索」の間で揺らぐということだ。 キリスト教文化圏の人がよくいうイスラム批判にこういうものがある。 >>>キリスト教の福音書は使徒たちによって書かれた。いつ、誰によってどういう社会的歴史的な文脈で書かれたかを考慮することによってその「意味」「意図」「解釈」の余地がある。 それに比べてコーランは神が直接伝えた言葉だとされているので絶対視されて融通がきかない、実際はムハンマドのメッカ時代、メディナ時代によって「神の言葉」も変化していき、矛盾している部分は新しいものが有効とされる。ムスリムは、「神の言葉」ということを頭から信じるのか。歴史的、文献学的アプローチをしないのか。<<< これには、キリスト教に比べて後発宗教であるイスラムやイスラム文化圏にある人々を「非近代的」だと見なす偏見がうかがえる。 実際は、どの時代のどの地域でも、「奇跡」を信じない「合理的思考」の人はいた。 「刑死したはずのイエスが復活した」などという「奇跡」を理性的なギリシャ人は信じなかった。 眼に見えぬ超越神が人間の姿に「受肉」して、イエスが神であると同時に人でもあるなどという理屈も退けたキリスト教の宗派も存在した。 同じように、神の言葉がアラビア語に顕示されたという「奇跡」を信じないムスリムもいた。9世紀から10世紀にかけて、一時は権威を持ったムゥタズィラ学派がそうだ。彼らも、アリストテレスの翻訳などを通して獲得したギリシャ的知性の思考様式に従って、「合理的」解釈をしたのだ。 でも、それらの「合理的解釈」の多くは、「異端」として抹殺された。 正統キリスト教ではイエスは死から復活した神のペルソナであり、 正統イスラム教ではコーランは神の直伝だ。 とはいっても、歴代の神学者たちが迷わなかったわけではない。だからこそ、キリスト教史でもイスラム史でも、聖典の解釈、注釈が延々と山のように書かれ続けてきたわけだ。 その物差しの一つがやはり両者に共通するアリストテレスの法解釈だった。 判事の仕事というものは、法を前にして、字面だけではなく「立法者の意図」を明らかにして適用し、判断を下さなければならない、という考えだ。 そこには、「立法者」とて、その法を制定した時の文脈と限界があり、全てを考慮に入れたわけではない、という前提がある。 神には限界がないかもしれないけれど、限界のある人間の時代や言葉に映された「法」は、生きている世界におのずと適応し調整される。 だから、いわゆる「原理主義」と称して「聖典」の一部だけ切り取って、示威的に暴力などを正当化するようなやり方は、どこでも、いつでも、良識ある人間からは忌避されているわけだ。 このアリストテレスタイプの知性というものには、だからかなりの普遍性はあると思う。 アリストテレスの生きた世界は一神教の世界ではなかった。 でもそれを適用して模索したからこそ、哲学の土壌は、「非合理的」一神教の神学によってある意味でさらに豊かにされたともいえる。 平均的な日本人として考えると、日本では「奇跡」のハードル自体が低い気もする。 神仏に祈っても、本当に彼らが存在するのか、歴史的事実はあるのか、という方向の疑問は浮かばない。極端に言えば、桃太郎やかぐや姫が実在したのかなどと考えないのと同じだ。 それでも、「存在一性論」は仏教的感性と共に日本人にも浸透して、「超越の内在」はには共感できるように思う。 また、二コマコス倫理学がなくても、大岡裁判があるように、人々の軋轢や揉め事について、全体の調和や人情も視野に入れて「調整」し、臨機応変に判断を下すという伝統は広くある。 こういう気分になる時は、ちっょとほっとする。
by mariastella
| 2020-02-24 00:05
| 宗教
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