2020年初頭、レジス・ドゥブレが、政治パンフレット『緑の世紀』を出した。
これについて、カトリック雑誌『La Vie』No 3880でインタビューに答えている。
私にとっては必須情報なので、記憶に留めるために質疑応答を要約することにする。
まず、レジス・ドゥブレ自体が私にとって特別な人だということを10年以上前のこのブログ記事に書いてあるのを再読。
最近も、まさに「緑の党」の躍進についての彼の考えを書き留めてある。
ではまず、今回のパンフ(フランス語でパンフレットというと基本的に政治的呼びかけの小冊子のこと)が、「文明の返還」を通告していることについて。
RD(レジス・ドゥブレ)の答え(以下、正式な翻訳でなく意訳で要約)
今までにはの「西洋」では「自然」には創世期以来のネガティヴな含意があった。「自然」から(人類の)「歴史」への移行が「西洋文明」の証だった。
ところが突然我々は「歴史」から離れた。いや「歴史」が我々から去ったのかも。
「時」、「時代」を基準として生きることから「場」、「空間」、「環境」に生きることになった。だから自然の中に放り込まれる。頭、レジス・ドゥブレが、政治パンフレット『緑の世紀』を出した。
これについて、カトリック雑誌『La Vie』No 3880でインタビューに答えている。
私にとっては必須情報なので、記憶に留めるために質疑応答を要約することにする。
まず、レジス・ドゥブレ自体が私にとって特別な人だということを10年以上前のこのブログ記事に書いてあるのを再読。


最近も、まさに「緑の党」の躍進についての彼の考えを書き留めてある。

ではまず、今回のパンフ(フランス語でパンフレットというと基本的に政治的呼びかけの小冊子のこと)が、「文明の返還」を通告していることについて。
RD(レジス・ドゥブレ)の答え(以下、正式な翻訳でなく意訳で要約)
今までにはの「西洋」では「自然」には創世期以来のネガティヴな含意があった。「自然」から(人類の)「歴史」への移行が「西洋文明」の証だった。
ところが突然我々は「歴史」から離れた。いや「歴史」が我々から去ったのかも。
「時」、「時代」を基準として生きることから「場」、「空間」、「環境」に生きることになった。だから自然の中に放り込まれる。歴史に疲れ、試練に放り込まれて新しいアイデンティティを求めている。古代のシャーマンやドルイッドが注目されている。エコロジーにおける「ネオパガニズム(新異教主義)」は脱キリスト教、脱歴史主義だ。
「歴史」とは時の流れに人間の歩みを「受肉」させるものだ。
歴史哲学者としての私にとってこの転換は一つの「徴候」として興味を惹かれるものだ。
(続く)