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L'art de croire             竹下節子ブログ

カミュとサルトル

1月にアルベール・カミュについてのドキュメンタリー番組を視聴した。

「目から鱗」のことが少なからずあった。

その番組の少し前に、政治家のフィリップ・セガンについてのドキュメントを視聴して、彼がチュニジアからのピエノワールであることを知った。つまり、独立戦争などによって植民地からフランス本国に帰還した人たちだ。

セガンは、父親がいない母子家庭で生活が苦しかったのに、フランスに戻ると植民地から来た人たちは、現地で稼いでいた羽振りの良い人だと嫉妬されて差別されたのだそうだ。

その後で、政治家になるためにパリの行政学院ENAの受験に成功するが、周りはみなパリのブルジョワの息子や政治家の子弟などばかりで、なじめなくて孤独だったという。

で、カミュが、アルジェリアからの帰還者であることはもちろん知っていた。

「異邦人」は世界中で読まれている。

でも、このドキュメンタリーで、サルトルとの関係などをあらためて見ていると、驚くべきことが分かった。

私はカミュの「異邦人」も「ペスト」も「反抗的人間」も「シジフォスの神話」も、みな、若いころに「日本語」で読んだだけで、フランス語で読んでいないということだ。

それを言うなら、サルトルだってボーヴォワールだって、すべて、日本語で読んだ。

フランス語が自由になってから、わざわざ「原語」で読み返そうと思ったことがない。

もちろんサルトルは私がフランスに住むようになった時にまだ存命だったから、インタビュー記事などはいろいろ読んだけれど、それだけだ。

なぜかと言うと、私がフランス語を日本語と同じように読めるようになった頃はすでに「構造主義」の時代で、サルトルは「古く」なっていたからだ。

サルトルもカミュも、フランスで、フランス語で接したものは戯曲だけだ。

このブログにも次のような記事がある。




サルトルが人気だったのは私の中高生時代であって、大学時代はもう「構造主義」で「ポストモダン」だったから、「構造主義」の哲学者の著作などはフランスに来てからも、フランス語で読むこともあった。その時に、フランス語の方が日本語訳よりもずっと簡単で分かりやすいことが判明したのも懐かしい。(翻訳書の方が難解でさっぱり分からなかったものは少なくない。)
それとは別に、卒論で取り上げた象徴主義の文学者、19世紀のフランス作家や詩人については、日本にいた時からフランス語でも読んでいた。

それなのに、カミュとサルトルという、日本にいた頃のビッグネームだった人たちの著作は、なんと、フランス語で読んだことがなかったのだ!

で、カミュは、アルジェリアで生まれた翌年に、父親が第一次世界大戦で戦死した。

アルジェリアの首都アルジェは、パリに次いで「フランス第二の都市」という触れ込みの華やかな町だったということが当時の映像でわかる。

でもカミュの生まれたのはアルジェではなくその近くの貧しいフランス人地区だった。母親はスペイン系の聴覚障碍者で文字も読めなかった。植民地がどうとかいうよりも、植民者である白人フランス人の間でも深刻な差別構造と棲み分けがあったわけだ。これを見ると、「共和国主義ってなに?」と思ってしまう。

だからこそ、カミュは、自分よりもさらに差別を受けているアラブ人やベルベル人の側に立った。

でもその時のカミュには、アルジェリアはフランスそのものだった。だからこそ、「同じフランス人」であるアラブ人、ムスリムらの差別が共和国平等主義の観点から許されるものでなかったのだ。

そして、同じ「フランスのアルジェリア地方」に住む同胞の平等と権利の獲得のために、一生戦ったと言える。

その思想的武器になったのはなまぬるい「共和国主義」ではなくて、「共産主義」という新しい普遍主義だった。けれども、イデオロギーはいつも政治と結びついている。ソ連共産党は、アルジェリアにおけるフランスの政策を弾劾しなかった。そしてカミュを追放した。

そんなカミュだから、ドイツ占領下のパリではレジスタンスとしてサルトルやボーヴォワールと意気投合したものの、戦後長い間サルトルがソ連の全体主義を弾劾しなかったことで絶縁するに至った。

パレスティナ問題だの文化大革命だの世界中の問題にコメントするサルトルは、「アルジェリア県」の貧困地区出身でセガンと同じく父親なしで育ったカミュの問題意識を共有できなかったのだ。

フランスの首都パリの富裕地区で生まれた典型的なブルジョワ左翼のサルトルの視野には入らなかった。

サルトルもマルクス主義に与して「労働者」の側に立ったけれど、それは自分のプチブル根性の否定のためのパフォーマンスといつも隣り合わせだったからだ。ボーヴォワールも同じだ。(彼らのプチブル自己批判が1960年代の日本の私のような中高生に説得力があったのは今思うと不思議だ。)

カミュの方は、労働者の生活、貧困のメカニズムを生まれた時から知っていた。労働者に共感をアピールする必要もなかった。

それでも、そのカミュでさえ、戦ったのは、「同胞であるアラブ人の権利の獲得」のためだった。

フランスの植民地主義を真っ向から批判したのでもなく、植民地の独立戦争のオピニオン・リーダーとなったわけではない。

「フランス人の平等」の観点から「先住民」の権利を擁護したので、「人間の平等」の観点から植民地主義を否定したわけではない。

どんなに知的に優れた人でも、生きている時代と地政学的状況を俯瞰するのは難しい。

それでも、カミュは誠実だった、と思う。

戦後世界最年少のノーベル文学賞を受賞した時にとまどったことも気の毒だ。

今思うと、サルトルが、カミュから数年後にノーベル文学賞の受賞を「拒絶」したことには、カミュへの嫉妬や対抗心があったんじゃないだろうか。

カミュが存命中だったらまた別だったろう。アルジェリア戦争は勃発していたし、「左翼」の意識も変わりつつあった。でも、カミュは、アルジェリアの独立戦争を見ることなく事故で世を去ったことで、一貫した自分の戦いの「殉教者」と化した。

このドキュメンタリーを見て、昔翻訳で愛読していた「ペスト」「シジフォスの神話」「反抗的人間」などがいつ、どういう文脈で書かれたかを理解した。いや、昔だって、翻訳本の解説などで知識としては知っていたのだけれど、私が実際に生きてきた時代認識の中にはっきり嵌めこまれたのだ。

フランスでの知人にもピエノワールはいる。でも、「マグレブからの帰還者」という以上の複雑な状況を知ろうとはしなかった。旧植民地からのムスリムの移民者などの問題意識の方が前面にあったからだ。

見た目が似ていて宗教や伝統も母国語も同じ、というグループ内における「格差」や「差別」構造が一番悪質で深刻だとも言えるし、被差別者が別の被差別者と連帯することの難しさや限界についても考えさせられた。


それでも、フランスで、アメリカによる日本への原爆投下が真にスキャンダラスで悪魔的な罪だという、認識が戦後すぐに定着したのは、カミュによる弾劾記事のおかげだった(レジスタンスの日刊紙COMBATの1945/8/8の第一面)。日本人にとってある意味で、ゾラによる「ドレフュス事件」弾劾と同じくらい、記憶に留めたいことだ。


(このドキュメンタリーはアルジェリアとフランスを行ったり来たりしたカミュの女性関係が紹介されていた。娘の一人によるコメントもあるし、舞台女優や晩年の愛人だったアーティストのコメントもある。スポーツマンでもあったカミュは確かにモテそうな男で、愛したすべての女たちに向ける誠実さに自分自身が縛られて悩む弱さがまた魅力的だったのだろう。サルトルにも多くの愛人がいた。でも、たとえば、実存主義のカリスマとなる前に、社会的階級と知的階級以外に彼をボーヴォワールに結びつける要素は何だったんだろうと思う。カミュに対するサルトルの嫉妬は複雑なものだったに違いない。)


by mariastella | 2020-03-30 00:05 | フランス
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