ヴィヴィアンヌ・ブリュノー・シェンはフランス人の父と中国人の母の間に東京で生まれた。
サイトには、幼い頃は宇宙飛行士になりたかったけれど、音楽家になった、その二つは同じメチエだったと思う、日本語中国語フランス語で育ったけれど、母国語は音楽だ、などとある。
彼女のショパンのマズルカ演奏。
肩、背中、肩甲骨の動きに見とれてしまった。
踊りが音からも体からも湧き出ている。
11歳で日本を離れフランスに住み、16歳でパリのコンセルヴァトワールのピアノ科に入る。ある時、ドビュッシーのプレリュードのリサイタルを聴いて神の息吹、存在に満たされる神秘体験をした。2009年、23歳で洗礼を受け、黙想などを繰り返す中で、カトリック教会の中に在俗の「奉献処女」というステイタスがあることを知り、2015年からは、音楽活動のすべてを神に捧げることになる。
このヴィウィアンヌの清楚なかわいらしさと、ある意味過激ともいえる「教会への所属」ぶりを見ると、久しぶりにミレイユ・ネーグルのことを思い出した。
ミレイユ・ネーグルは、元パリ・オペラ座バレエ団のソリストで国際的なエトワールだった。でも、やはり神秘体験の後、28歳でカルメル会の修道女になったのだけれど、38歳で修道院を出て、「奉献処女」のタイトルを許可され、十字架を舞台において踊るなど、ダンサーとしての活動を再開した。私は彼女の物語のファンになり、彼女をモデルに短編小説『ミレイユの詩(うた)』を書いたほどだった。
でも、彼女も今は76歳、どうしているのだろうと思ったが、ネット時代の今、検索すると、昔と変わらぬ輝いた表情で、インタビューに答える様子を見ることができた。
なんと、今はさすがに公開では踊っていないのかもしれないけれど、ピアノを弾き、作曲もし、絵も描いている。
これは信仰とアートのフェスティヴァルでの個展の開会挨拶。
すごい。変わっていない。
それにこの二人の女性、雰囲気も似ている。
こういうのを見ていると、アートは信仰の最強のメッセージ、啓示なのかなあと思う。
彼女らのように徹底し、信念と信仰のもとに、アートで神と人をつなぐという活動は、カトリックの枠内の男性には難しいだろう。ハイパーアクティヴな奉献処女(シエナの聖女カタリナが有名)にあらためて注目。