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L'art de croire             竹下節子ブログ

専門家の「見た目」とは---ラウルト教授とヒドロキシクロロキン

5/27SUD RADIOAndré Bercoffの「BERCOFF DANS TOUS SES ETATS」というコーナーで初めて、マルセイユの感染症研究所所長で今フランスで最も有名な意思であるディディエ・ラウルト教授の話を一時間ぶっ続けで聞いた。

彼のユニークな人となりを語るドキュメンタリーはもういくつも地デジ流れていて、マルセイユでは神のように崇められていた。

彼のところに来ると、PCR検査を受けられて、Covid19の軽症でも抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンと抗生物質をセットにした投薬をされるとほとんど全員が重篤に陥らないからだ。彼はこの薬が武漢で一定の効力を発したというデータを読んで試し、何千人ものデータで確信を得た。抗マラリア薬として副作用も知られ尽くしているから、リスクのある患者には使えない。

けれどもそれを見て患者が自分で投薬して死者が出たケースもあり、正式な治験がない限り使ってはならないと医学界から攻撃された。

とはいえ、プラセーボも併用した治験でエビデンスが出るのを待つのはこういう緊急時には遅すぎるし非人間的だというラウルト教授派と、学界が激しく対立した。

あまりにも要求が高まったので、一時は、病院で重篤者への投与だけ許可されたけれど、副作用による死亡率が高すぎると『ランセット』誌に書かれ、病院での投与も再び禁止された。(もともと重篤者にはもう手遅れなのは分かっていたのに)


このラウルト攻防事件にはあまりにも複雑な構造がある。

ラウルト教授は感染症で世界的に有名な実力ある医師だ。

でも、フランスにありがちな「パリと地方の対立」がある。

新薬開発の方が既存薬投与よりも大きな金が動くという経済論理がある。

政治もある。

彼の華々しい臨床的成功を耳にしたトランプ大統領が3/19にヒドロシクロロキンを称賛した。そうしたら次の日にアメリカのエボラ治療薬レムデシベルの効用が認められた。5月にWHOがヒドロシクロロキンを糾弾すると、すぐに、トランプ大統領が予防のために毎日飲んでいる、と発表した。マルセイユのデータを読むと、これを飲んでいれば感染しても発症しないか軽症ですむというのはかなり理解できる。ヒドロシクロロキンは共和党のご用達とも言われている。

その後で、ランセットの発表、フランスでの全面禁止、と続く。


医薬産業と政治の癒着や対立。

アメリカの大統領選がある。

フランス内部の医薬産業とアカデミーの構造がある。

フランスには「生物学医」という医学博士号があり、大手医薬会社に高級で雇われる国だ。医薬の認定ができない生物学博士とは別ものだ。

ラウルト教授の突然の大衆人気、いや、救世主や王と称された偶像化への嫉妬もあるだろう。


で、当のラウルト教授の話。

未知のウィルスの治療には黒か白のエビデンスはないとして、「科学とは懐疑の文化である」という。そして、ボードリヤールのシミュラークル理論を引用し、リアルと遊離した医学における数理モデルを切り捨てる。

Covid19は非常に複合的なエコシステムの病なのに、「このままいくと何人が感染して何人が死亡」という最悪の予測を振り回す数理疫学の根本的な無意味さを語る。

しかも、人はいつも「最悪の予測」を無意識に待つ。悪い予測には「需要」があるのだ。

ノストラダムスの世界の終わりと変わらない。悪い予測が外れても誰も糾弾しない。

Covid19の治療薬を莫大な費用をかけて開発しなくても、キューバなどはさまざまな病気にさまざまな既存薬を使って対応し、格差の大きいアメリカよりもずっとうまく行っている。

Covid19の治療薬ができても、いわゆる「平均寿命」は延びない。平均寿命を延ばすためには若者の急性の致死病を救うことが先決だ。今や、医学界は、患者と医薬産業の間をつなぐサービス機関となっている。研究がマーケティングの延長となっている。本当に必要な新薬とは何かを見極めなければならない。


いやあ、すごく教養のある人だ。

私もファンになった。

 

でもこの人が叩かれ、憎悪さえされるのは、そのルックスが大いに関係している。

中央の偉い医師、国際的名声を持つ学者に求められるルックスと対極だからだ。


ラウルトの写真。


ラウルトのカリカチュア


彼に何か言われるだけで、彼が崇められているのを見るだけで、苛立つ人たちがいる。

彼は挑発的なこのスタイルをある時から選択したとドキュメンタリーでは言っていた。

地下の実験室に閉じこもって謎の薬を調合するマッドサイエンティストなどでは全くないのだけれど。

でも、私も、このラジオ放送で一時間の肉声を聞いて、印象がガラッと変わった。

「見た目」とは恐ろしい。


そういえば、日本では緊急事態の間、毎日テレビに引っ張りだこだったというO田晴恵さんという感染症学者が話題になった。

テレビに出るたびにきれいになっていく、と女性雑誌にも書かれていた。

最初は「普通のおばさん」風だったのが、ヘアスタイルもファッションもどんどん変わったというのだ。

それに対して彼女は、毎日テレビ局から迎えが来てフルに働いているので過労、寝不足で体重が減ったこと、自分は「外見」にかまっているような余裕はなくすべてはテレビ局のスタッフがケアしてくれるのだと言っていた。

そうだろう。他のライブ出演者が激減している時に、テレビ局のメイクの人やスタイリストが、普段なら「文化人枠」に対応しないような手厚いケアを熱心にしているのだろう。感染症学者として専門家の意見を述べる人が、この危機の時に、「テレビに出るからきれいにしなくちゃあ、変身しなくちゃ」などと発想するはずがない。まあこの方も、どちらかといえば「脅かす」言説だからこそ「需要」があったわけだろうけれど、ある意味で、彼女を「美しく変身させる」メディアのメンタリティって、性差別的だ。これが男性学者だったら、最初からどんな格好をしていたって、普通の背広にネクタイの「おじさん」であればヘアやメイクやファッションをいじろうなどとは誰も考えないだろう。家に籠ってジャージ姿のノーメイクの女性たちが寝そべってクッキーとか食べてコロナ太りしながら、「どんどん美しくなっていく女性専門家」の姿を毎日見て、「この人ってすごーく稼いでいるだろうね」なんて言う漫画の構図は、どこか間違っている。コロナ禍の恐怖が煽られることに警鐘を鳴らす男たちがこの学者を批判する時に、その女性らしいルックスも無意識に揶揄することになるにからだ。

ラウルト教授が自ら挑発的にエスタブリッシュメントのステレオタイプのスタイルを拒否したのとはまた別だ。


危機の時のメディアをめぐる野次馬根性は時として要注意である。






by mariastella | 2020-05-30 00:05
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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