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L'art de croire             竹下節子ブログ

『Ramdam』と『グレース・オブ・ゴッド』---モスクとカトリック教会

先日 Arteで、『Ramdam』というTV映画を観た。
父と子のヒューマンドラマとしてもおもしろい。
世代や階層、宗教、移民などの問題がいろいろある。
モロッコからフランス南西部にやって来た家族。
父親は妻を守るために、イスラム性を捨てて、フランスに同化しようとする。
妻は息子にアラブ風の名にをつけようとしたのに父は勝手に「フランソワ」と届けてしまう。
父親は町の名士として成功し、ラグビーチームのプレジデントとしてリスペクトされている。
チームのスターは黒人でムスリムだけど、宗教色はない。
その父親は、町のモスクとして使われている建物を買い取ってクラブハウスにしようとしている。
モスクの建物を売ったのは肉屋でイマム、息子と幼馴染だ。経営は難しく、クラブハウスに肉を卸すという条件に惹かれた。息子はその父親に育てられたのでモスクに出入りするムスリムではないけれど、イスラム文化を研究して博士号を獲得しボルドー大学で教えているインテリで、アメリカの大学のポストを約束されている。
母が亡くなった後、「平均的フランス人」の女性と再婚している父親とは距離を置いているが、久しぶり故郷へ戻ると…。いろいろあって、この息子が突然「イマム」としてふるまわなくてはならなくなる、というコメディだ。

このシナリオはボルドーのイマムも監修していて、フランスの地方のムスリム共同体と「共和国」との関係がよく分かる。
モスクに定期的に集まる人の中には、普段うちで話すことのない娘と2人で過ごす時を確保するためにモスクに来る母親や、改宗した金髪白皙の原理主義的な青年もいれば、失恋の末、全身を覆う黒いイスラム・スタイルで注目されることに逆説的快感を得る若い女などいろいろなケースがある。カトリックの養護施設で育ってイマムの助手になった男もいる。
フランスにおけるモスクの内部の事情、共同体のリアルなどが満載なので、この企画が陽の目を見るまでには長い年月が必要だったそうだ。イスラム・テロがある度に企画は退けられた。何もない時はない時で、注目度がないからスポンサーがつかない。確かに、ユダヤ人の家庭などをテーマにしたコメディと違ってモスクが舞台のものは見たことがない。
ムスリム移民を描く映画は社会的な切り口なのものがほとんどだ。

で、地方のモスクに集う「普通の人々」の生活、思い、「非ムスリム」の人々との関係などをこれほど可視化した映画を観るのは初めてだと気がついた。
しかもこの映画の主人公はムスリムとしての生活をしていない大学教授でアメリカに招聘されようとしているインテリであるから、カトリックの洗礼を受けてはいるけれど教会には通わない「インテリ無神論者、不可知論者」である多くの「フランス型知識人」とまったく同じ感覚を持った男だ。そんな人が思いもかけず「共同体」に巻き込まれてしまうという視点で書かれている。
今のフランスの文化や社会や政治を論じる人にとって、この映画を見なければ絶対に分からないものが詰まっている。
ArteのReplayでは6/27まで無料視聴可能だ。


一方、フランスのモスクに比べると、フランスのカトリック教会を舞台にした映画はもちろんたくさんあるのだけれど、このRamdamと同じくらいのリアリティを持ってその内部とその構成員の心理を可視化してくれる映画が『グレース・オブ・ゴッド』だ。
「衝撃の実話」としてスキャンダラスなキャッチコピーではあるけれど、この映画ほどよく現在のフランスのカトリック教会と信徒たちのリアルを見せてくれるものは少ない。
一人の明らかに性的倒錯者である司祭(自らも性的虐待の犠牲者だったという)のなした「悪」をめぐる話であり、彼をめぐる教会というシステムの「沈黙」を告発する話ではある。けれども、実は、「教会をめぐる話」というより、むしろ、ついこの前まで社会全体が被害者まで含めて結果的に「共犯」となっていたパワハラ、セクハラに対する「沈黙の文化」「見て見ぬふりのメンタリティ」「忘却と抑圧による解決」などを「告発」する画期的な話だ。
その場合、ある特定の事情を抱えた家庭内ペドフィリアだとか、などさまざまな学校やスポーツ文化などをクローズアップするものと違って、「キリスト教」は、本来そのような「パワハラ」を絶対の「悪」として糾弾する教えだ。その「キリスト教」が、普通に時代と社会の一環として「弱肉強食」のメンタリティに適応、適合してしまったが故に「組織」として犯してしまった「罪」を告発するインパクトは大きい。
ある特定の加害者を有罪とするとか、ある特定のスポーツクラブや学校を「謝罪」させるなどではなく、世界一巨大なヒエラルキーを持つローマ・カトリック教会のメンタリティ自体を「告発」し、カトリック教会がその重い組織を「改革、刷新」して「真のキリスト教」に回帰するならば、それは世界中の「弱者」にとって最強の味方となるだろう。

で、それは別として、この映画に出てくる、今のカトリック教会の典礼や、信徒のブルジョワ家族や、地方の信者たち、ペドフィリアの犠牲者であるかないかに関わらず、普通は一定の通過儀礼を終えれば「葬儀」まで教会に顔を出さない多くのフランス人たちと、『Ramdam』に出てくる移民の子弟中心のムスリムであるフランス人たちはまるで別世界にいるかのようだ。
教会の共同体のリアルを知っている人、
(洗礼の有無にかかわらず)まったく無関心な人、
モスクの共同体のリアルを知っている人、
(ムスリムであるかどうかにかかわらず)まったく無関心な人、
そして、『Ramdam』の主人公のように 教会やモスクの典礼には参加していないけれど、霊性や歴史や文化にアカデミックなアプローチをする少数のインテリ
がいる。

日本のような「非一神教文化圏」出身の「研究者」や「ジャーナリスト」や「評論家」が「今のフランス」を語ろうとするならば、これら全てを視野に入れる必要がある。
『Ramdam』というコメディ、『グレース・オブ・ゴッド』というシリアスな映画、まるで正反対に見えるかもしれないけれど、「フランス文化の良心的な観察者」には両方を観る価値がある。カトリック教会やイスラム教に対して歴史的な偏見が刷り込まれていない分だけ、学べることはよりたくさんあるだろう。

(カトリック教会のスキャンダルに関しては、このブログ内の「検索」枠に「ペドフィリア」と打って検索すれば一連の記事が出てきます)

by mariastella | 2020-06-12 00:05 | 映画
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