(これは前の記事の続きです。)
それが起こったのは2013年のクリスマスのミサだった。ポーランドの南西にあるレグニツァの聖ヒヤシンス教会で、聖体拝領の時にホスチアが一枚床に落ちたそういう時の対処マニュアルには溶かしてしまうように水に漬けることになっている。
ところが、ホスチアが溶ける代わりに、赤いシミが出てきた。
レグニツァの司教はそのかけらを国立の法医学研究室に送って調べさせることにした。
結果は、細かいすじのついた筋肉で、心筋に極めて似ていて、しかも、心機能停止の前に現れるストレス性の変異が見られる、DNA解析によると、人間の心筋である、というものだった。
2016年の1月、新司教がこの結果をヴァティカンの教理省に送り、数週間後に、「科学では説明できない奇跡」だと認定された。
ヴァティカンの勧めに従って、司教は、教会の司祭に、聖堂内にその「聖遺物」を崇敬できる場所を作るようにと指示した。聖体を拝むことを深化させ、聖遺物の前で祈る人々の生き方をインスパイアするように、と司教は告げた。「限りなく謙虚な形で人の間に降りてくる神の愛の素晴らしさをこの秘跡の徴に見る」のだ。
このレグニツァという町は、ポーランド人にとって大きな意味のある街だ。1241年4月9日、レグニツァの戦闘で、敬虔公と呼ばれた対抗ヘンリク二世がモンゴル軍に敗れて戦死したからだ。けれども、この戦いで、モンゴル軍はその地域から撤退することになった。
このレグニツァが歴史的に重要であることをよく理解していたソ連は、中央アジアの兵士のみからなる赤軍の大群をこの町に配置した。
「奇跡」の起こったネオ・ゴシックの教会も、いわくつきのものだ。第一次世界大戦中1904-1905 年に建造され、1908年に開堂した時代、ここはプロイセン王国の領土だった。
教会も、時の国王ヴィルヘルム二世が、父であるフリードリヒ3世を記念するものとして建造したものだ。つまり、プロテスタント教会だった。
その後、1945年に赤軍の厩舎として使われた。
修復して1972年にカトリックの聖ヒヤシンス教会となった。
聖ヒヤシンスは13世紀にポーランド、ロシア、リトアニアに多くのドミニコ会修道院を建て、スカンジナビアも宣教した聖人だが、もともとレグニツァのあるシロンスク地方の出身だ。
この教会はレグニツァにおける聖ヒヤシンスの聖地ともなっている。ポーランド内でプロテスタント教会がカトリック教会になったのはめずらしいことでもある。
ポーランドが冷戦中にカトリックのアイデンティティを維持し続けたこと、ポーランド人のヨハネ=パウロ二世の呼びかけでソリダノスクが冷戦終結に役割を果たしたことなどの歴史を考えると、極東の日本の東方地方で涙を流した聖母とか、韓国のナジュで血の涙を流す聖母像の前でホスチアが肉片に変わった、などの「奇跡」とは、背負っているものが違うんだろうな、とつくづく思わされる。
ホスチアがイエスの「肉」、しかも「心臓の肉」って、まあ「イエスの聖心=聖心臓」への崇敬がむしろ高まっている昨今、あり得るバイアスという気もしないでもない。
でも、そんなカニバリズムのイメージを投影しなくとも、無味で食べやすい?ホスチアに「化体」するくらい神にとってはたやすい業だとさえ信じられないで大丈夫なのかなあ、と「奇跡」好きの私でさえ、ちらりと、思う。