イスタンブールの聖ソフィア大聖堂を、オスマン・トルコ時代のようにモスクとして使用再開することをトルコのエルドアン大統領主導で決まったことは衝撃的だった。
イスラム教文化圏としてはじめて明らかな「政教分離」を打ち出した国の、まさに「政教分離のシンボル」だったのに。
聖ソフィア大聖堂は、ビザンチン建築の傑作で、東方正教の大主教座だった。
その後でと十字軍の時代にカトリックの大聖堂になり、
オスマン・トルコの時代にモスクになった。
そして、脱イスラムの共和国初の大統領となったアタチュルクのもとで、いわば「人類共通の遺産」としての博物館として開放されたのだ。
パリのノートルダム大聖堂が、共和国の財産となり解放されてもカトリックの典礼の場所としてパラレルに存在しているのよりも徹底した政教分離だった。
もともとイスラム教は政治、司法と一体になって成立したから、分離は難しい。
こういうトルコの「政教分離」の例は興味深く私はこれまで何度もいろいろなところで取り上げてきた。
それが、エルドアンによるカリファ再興の流れがあからさまになりつつある。
宗教も、宗教施設も、いつも政治の道具にされる。
トルコ側は、パリのノートルダム(今は修復工事で閉鎖中だが)の例を挙げ、ソフィア大聖堂をモスクとしても、観光客は入れる、今は美術館で有料だけれどモスクになれば無料だから、年に何百万人と訪れる観光客が減ることはない、と断言する。
もともと、東方正教のカテドラルとして1000年使われた建物をリスペクトして壊さずにしてモスクとして500年間使ってきたのがイスラムの方針だった、国民の99%がムスリムで、モスクに「戻す」ことを望んでいる、とも言う。
すでに数年前にソフィア大聖堂の中でイスラム教の祈りを捧げたことがあり、その時はギリシャからのクレームがあったけれどEUは反応しなかった。
今回はEUが半鐘を鳴らしている。
思えば、トルコのEU加盟の準備はもう有名無実になっている。でもどちらも責任を取りたくないので自分側から破棄を言い出せないだけだ。そしてイラクとシリアの内戦による難民を400万人近くも受け入れてきたのがトルコだ。
中東とEUの間の緩衝地帯として体よく利用されてきたということでもある。
ヨーロッパ型共和国の建国の父だったアタチュルクも今は公に非難されている。
どんな地域にだって、様々な宗教、様々な政治形態が通過し、その功罪も含めて歴史の記憶が積まれてきた。その記憶の多様性を拒否するのは、「政治的公正」の徹底などではなく「不寛容」の勝利だ。
「不寛容」はエゴイズムの一形態だ。
私達は、エゴイズムと戦えるだろうか。