ナント大聖堂の火災とカトリックとカステックス昨日の続きの予定稿をアップするのを一日延ばして、今日は、ナントの大聖堂の火災について複数の人から質問を受けたので、今の時点で考えたことを書いてみる。 去年のパリのノートルダム大聖堂に続いての火災ということで、日本でもすぐ取り上げられたようだ。 これを書いている7/19午後の時点では、まだ詳しいことは分かっていない。 ノートルダムの火災の時に、何度もこのナントのカテドラルの1972年の大火災のことが引き合いに出された。修復するにあたってコンクリートの骨組みを使ったという話だ。 今回、1972年のニュース映像が流れて、そのすさまじさは、首里城の炎上シーンみたいだった。 で、当時のジャーナリストが、内部は無事で、すべての美術作品やブルターニュ公フランソワ二世と妻の棺も無事避難させられた、ミサはひと月後に、修復は1年半で、などと、すぐに言っているのが印象的だった。 その作業員、かわいそう。さぞや責められただろうなあ、と思ったけれど、たぶんそんなことはなかったのだろう。その理由を書こう。 今回の火災は外部が崩れ落ち内部は無事だった1972年の火災とは対照的で、火災は内部だけで、外部は薔薇窓をのぞき被害は少ないけれど、内部では、大オルガンや絵画が焼失した。火元はオルガンとその左右2ヵ所とかで、不自然だけれど、扉を破壊されているなどの侵入の様子がないので、放火ではなく電気関係かと最初は言われていた。 ところが、火災の翌日に、一人の男が事情聴取を受けている。前日に大聖堂の戸締りをしたボランティアの39歳の男だという。 フランスには地上波のニュース専門チャンネルが3つあるけれど、そのひとつだけが、19日の昼に挑発的な報道をしていた。その39歳の男はルワンダ人で、ビザが更新されなかったので怒っていた、腹いせかもしれないというのだ。 それを聞いたら、えっ、なんだってそんな人に大聖堂の施錠を任せるんだ、少なくとも、二人一組のチームにする必要があるんじゃないか、と思ってしまった。 それで調べてみたら、金曜日の夜に聖堂の施錠を任されていたルワンダ人で、彼は数年前に難民としてフランスに来ていたけれど、数ヶ月前に国外退去を命じられて、仕事もできず困っていたという。敬虔なカトリックで、教区のために奉仕をし、聖堂の掃除や祭壇に飾る花の世話なども受け持っていたという。(そのような難民に寄り添うのがそもそものキリスト教だ。) で、すぐに、ボランティアの弁護士がついて、こう言った。 「誰が火災を引き起こしたにせよ、数世紀の歴史のある品々を失うというショックにもかかわらず、原因となった単独または複数の人に対して慈悲を示すことについて、カトリック共同体は最適な立場にあります。」 強制退去を指示されているルワンダの難民を保護し支援し、信頼し、聖堂の鍵を渡し、たとえ万一、その人が放火を企てたのだとしても、別の人でも、カトリック教会はいつくしみmiséricordeをもって対応する、というのだ。 火災の翌日のショックの中で、こんなことを言えるなんて、すごい。 だとしたら、1972年に誤ってバーナーで引火させた作業員が責められるということなどなかったのかもしれない。この言葉でナントのカトリック共同体のファンになった。 (もし日本の文化財が火災にあって、その戸締りが「難民」に任されていたら、などとは考えたくもない) この火災で株が上がったのは、先日新首相に任命されたばかりのジャン・カステックスだ。 ブラッセルのEU本部に詰めているマクロンに変わってすぐに現場にかけつけたのは、パリの大聖堂火災とナントの大聖堂火災を「差別」しない政治的配慮と言われているが、彼はこのナントで、「ナントの市民」と「ナントのカトリック共同体」への寄り添いを言葉にした。 大聖堂は「共和国」の財産で、カトリック教会は無償の「店子」の立場にある。フランス革命後のさまざまな歴史を経て、1905年の政教分離法以来、「カトリック教会」を特別視するかのように聞こえる言葉は共和国リーダーとしてタブーに近い。 だからマクロンやフィリップ前首相なら絶対に言わない言葉だし、もし彼らが口にしたらすぐに批判されるだろう。でも、わずか人口6千人の地方都市の市長でもあるカステックスが、なまりのあるフランス語でこういうと、なんだかみんな、なごんでしまった。地方の「普通のフランス人」が「下流化」して不満の声を上げた黄色いヴェスト運動は終わっていない。グローバリゼーションばりばりのマクロンによる中央エリートのテクノクラート優先は非難されている。 でも、カステックスは見た目も、フィリップ前首相のように特徴がなく、「普通」っぽい。 実際はすごい秀才でマクロンと同じくENA(国立行政学院)での超エリートで、ずっと政権の中枢に近いところで働いてきた人だ。なんで、今でも地方なまりがあるんだろう。ここぞという時の演出なんだろうか。 それにしても、カステックスが就任してすぐの奇禍をチャンスとして「好印象」を持たれるなんて、マクロンもひょっとして運が強いのかもしれない。先日の全国選では、そもそもマクロン新党は6年前に存在していなかったのだから、久しぶりに社会党やら共和党が息を吹き返すことになった。フィリップもカステックスも共和党から引き抜いたのだし、今やマクロン新党LREMから分派する議員も少なくない。もともと「左も右も」という中道狙いで、出入りのハードルが低い。 コロナ禍の乗り切り方、EUレベルで経済再建が可能になるのか、マクロンには思いがけない「正念場」が続く。 堂々とした体格のわりにちょっとなまった地方の役場の会長さん、みたいなアンバランスを醸し出すカステックスを投入したことが吉と出るのかどうか、結構おもしろくなってきたかも。
by mariastella
| 2020-07-20 01:47
| 宗教
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