今秋の初め、これまでの最長4日間も続いたEU会議が、一応独仏の提案を一部変更しながらも決着した。Covid19によって打撃を受けたヨーロッパ経済の立て直しのために、各国別でなく、ヨーロッパ全体で30年で返済のEU債を発行するなどということだ。一番被害の大きかった国には返済義務がない、という提案だったけれどそれは受け入れられなかった。
国の規模や経済力と関係なく27ヶ国一致が原則なので、かえって、いろいろなものが見えてくる。スウェーデンやオランダの自己責任風プロテスタント色は明らかだけれど、東ドイツの牧師の娘だったメルケル首相と、政教分離のカトリック文化圏フランスのマクロンが、ここ10年ほどのEUの独仏関係ではじめて連携したのも印象的だ。
「共産圏」だったハンガリーとポーランドの2国が、今回のEU共済政策に抵抗したのも興味深い。この2国はカトリック文化圏の国で共産圏に組み入れられたけれど、その「カトリック・アイデンティティ」が、ポーランド人教皇ヨハネ=パウロ二世の登場もあいまって、冷戦の終結に寄与した。
でも、冷戦時代に開催されてローマ・カトリックを大きく変えた第二ヴァティカン公会議の息吹をこの二国のカトリック信徒たちは受けていない。彼らのカトリック・アイデンティティは、むしろナショナリズムと結びついている。
EUの誕生は、カトリックのユニヴァーサリズムに鼓舞された平和主義に基づいていたのだけれど、「戦争」はしないものの、Covid19騒ぎでは、先祖返りというか、「自分ちだけを守る」として国境をパタパタと閉じ始めた。
でも今回のドイツとフランスの主導は、2015年に「難民100万人を受け入れる」と言ってしまったメルケル首相がまだ残っていたからこその「相対的弱者に寄り添う」原則を表に出せたわけで、EUの存在意義を思い出させてくれた。
日本なんて、「島国」メンタリティだからCovid19にも「鎖国」対策が頭にあるようだし、それどころか国内の県同士も「関所」メンタリティを発揮しているようで、ちょっとくらくらする。今回のEUのような、一番被害の多かった自治体により多くの予算をという発想は出てこないようだ。
何世紀もの戦争の後で何とか共済思想にたどり着いたEUの歩みが世界中に広がっていけばいいのだけれど、Brexitはもちろん、アメリカが国連系の国際組織からもどんどん抜けていくように、道は、遠く、険しい。