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L'art de croire             竹下節子ブログ

マサダの戦いと集団自殺

イスラエルのネタニヤフ首相とアメリカのトランプ大統領に抗議する両国の国民がどんどん増えている。もしトランプ大統領が再選されなかったら、イスラエルの状況も劇的に変わる可能性はある。

もうかなり前のことだけれど、イスラエルのタカ派ぶり、植民地主義を批判するポジションで話していた時に、あるユダヤ人か話した時にこういわれた。

ナチスのホロコーストの時代にユダヤ人は戦うことを選ばなかった。自分たちに降りかかる不幸は神から与えられた罰であるという伝統的な罪悪感が心理の底にあったからだ。そうやって戦いを避けているうちに殺されることになった。その過ちを二度と侵さないように、今は「攻撃が最大の防御」だという政策をとっているのだ、と。

そういわれてしまえば、その時は返す言葉が思いつかなかったのだけれど、イスラエル建国に当たっては「マサダを忘れるな」というスローガンもあった。

ナチスによるホロコーストより2000年近く前の紀元70に年代に、ユダヤ王国が完全に滅ぼされて国を失った時の最後の砦であるマサダの戦いだ。

今はロープウェイがあるけれど、花崗岩の切り立つ崖は「山羊の道」しかなくて、難攻不落の要塞だった。ローマ軍が攻めてきたとき、1000人くらいのユダヤ人が住んでいたけれど、水のストック豊富にあって、食糧庫もいっぱいだった。実際3年も持ちこたえた。

ローマ軍は、マサダを包囲するにあたって、ユダヤ人の奴隷を先鋒にした。ユダヤ人は同胞を殺さないと分かっていたからだという。十戒にも「殺すなかれ」とある。
そういえば、それより数十年前に磔刑に処せられたイエス・キリストも、ユダヤ人に直接殺されたのではなく、ローマの官憲に手渡されてローマ法によって殺された。
(律法に従わないで石打の刑に処されるというのはあったし、実際は内輪もめで殺し合ったことは別として、少なくとも、ローマ軍からは「ユダヤ人はユダヤ人を殺さない」と認識されていたわけだ。)

でも、マサダの戦いとはいうけれど、8000人のローマ軍が入った時は、「戦い」はなかった。全員死んでいたからだ。
町も焼き払われていたけれど、まだ備蓄のある食糧庫だけは残されていた。ローマ兵を養うためではもちろんない。自分たちが兵糧攻めに屈して食料尽きて死んだのではなく、最終的に勝つことは不可能だと理解した時点で、「魂の不死」を信じて「選択」した英雄的行為の自死であることを示すためだったとされる。

これを記したのは有名なフラウィウス・ヨセフスで、実際はマサダ陥落前に引き上げたので直接見たわけではないのだけれど、集団自決を逃れた2人の女性5人の子供の証言によったものだという。

これだけでも、沖縄戦の集団自決のことを想起してしまう。
軍隊による強制があったとか手榴弾を渡されたとかいろいろあるようだけれど、近頃の「コロナ禍」の自粛騒ぎを見ているだけでも、日本では「要請」されただけで、即「強制」と相互監視の力が働くのだから、純粋な「集団自決」などは不可能だ。前線の兵士たちも、捕虜の辱めを受けず討ち死にするか自決するかと言い渡されていた。

窮地に陥った特定の個人が自決を選ぶというのは分かるけれど、「集団」となると、また別の様々なレベルの圧力が幾重にも加えられるに違いない。

で、マサダの「集団自殺」。

その後の発掘によっていろいろなことが分かってきた。
まず、家長である父親が妻子を殺した。残った男たちも順番に殺し合い、最後の10人になって籤を引いて、最後に残る1人が他の9人を次々と殺してから自殺した。

つまり、集団自殺どころか、1000人近くのユダヤ人のうち、自決したのはたったひとりということだ。
後は「殺人」である。敵の手にかかって殺されるより同胞に殺されることを選んだというにしても、中には死にたくなかった者もいたかもしれない。
「女子供」だけを逃れさせるという選択もあったかもしれない。
実際子供たちと逃げた母親が2人はいたのだから、女たちには生き延びる気があったかもしれない。「要請」が「強制」に等しくなるようなメンタリティではないから「家長」に手を下させたのだろう。

日本の封建時代のお家断絶での強制的な集団自決というのはあった。
包囲され落城寸前の城の中で自害する武士やその家族という話もことかかない。
「覚悟の自殺」を「英雄的」という含意で修飾するのはどの文化にもありそうだ。

本来、一神教の神が言った「殺すなかれ」というのは、神の似姿に創られ、神に愛される対象であるすべての人間に向けて、自分自身も含めての「殺すなかれ」であるはずだけれど。
何しろ人類最初のカップルの子供たちも嫉妬から「兄弟殺し」(カインとアベル)に至ったのだから、神も「懲りない面々」に手を焼いて、戒律を山のように与えることになったわけだ。ノアの箱舟の「大洪水」のように神が人間の「罪」に手を焼いてリセットを試みたことさえある。

そんな神との契約だの戒律だの罰だのを受け続て罪悪感も植えつけられていたユダヤ人が、エルサレムの神殿も陥落した後で難攻不落のマサダの要塞に立てこもっていた時、その胸に去来したものは何だったんだろう。

昨今のロックダウン、外出、移動の規制が世界規模で繰り広げられることで、疲れ果てる人々が増える状況を見ながら、マサダの戦いのことが何となく身近に感じられるなんてこまったことだ。





by mariastella | 2020-08-02 00:05 | 歴史
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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