ヴェルサイユ宮殿の管理者が、コロナ禍の外出規制以来4500万ユーロの赤字を累積しているとラジオで言っていた。
これまでほとんどの入場者が外国人観光客だったからだ。
今はフランス人が少し来てくれる。でも人数制限で予約制だ。
たいていのフランス人は、子供の頃にヴェルサイユを観光して、その後は25年後に自分たちの子供を連れてもう一度来るだけ、というのが普通なのだそうだ。
でも、ヴェルサイユは刻刻変化している。今年もマリー・アントワネットがプチ・トリアノンに移る前の居室を新しく修復、公開したところだった。2009年に再起動された王立オペラ座は今年が創立が250周年で、バロック音楽の企画が目白押しだった。
宮殿はは訪問できるようになったけれど、コンサート類はその全部が中止になっている。いつ再開できるか分からない。
なるほど。
私は日本から来た家族、友人らに何度もつき合っているから確かに、その度に変化していることに驚いていた。ヴェルサイユのバロック音楽の図書室には音楽之友社から出た私の本もある。
ヴェルサイユを運営する正規職員は1000人だけれど、工事や管理に他の業者がたくさん入っていて、2万人が働いているから、文化だけでなく一つの経済システムになっている。今は誰も解雇されずに国が補償している。
コロナ禍で犠牲になったセクターで、個人的に一番身につまされるのはやはり演劇やダンスや音楽という分野だ。
私のアンサンブルは、フランスで3月の二つのコンサート、日本で4月の四つのコンサートが中止になった。11月のパリでのコンサートの予定がまだ生きているのかどうかわからない。演奏自体は外出規制の間、ソロのレパートリーをさらったりして技術を維持するのはスポーツ選手やダンサーよりも楽だと思っていた。いわゆる「生活に困る」こともなかった。そもそも、演奏で食べていくのはハードルが高すぎるので、仲間もみんな、音楽教師としての安定した公務員職を持っている。でも、コロナ禍がこう長く続くうえに、出口が見えないで危機再来を煽られていると、周りのアーティストたちにも、なんだか、突然、ぽつんと「心が折れた」人が出てくる。「ぷつん」でも「ぽきり」でもない。「心が萎えた」というべきかもしれないけれど、やはり「気づいたら折れていた」という感じだ。
ヴェルサイユはフランス・バロックの「聖地」でもある。
仲間のバロックダンサーもヴェルサイユで踊ってきた。
観客と共に創り上げるタイプの舞台アーティストの受けた被害は、補償や忍耐でカバーできるタイプのものではない。この深刻さがいつか可視化される日が来るのが、怖い。
(健康ブログに「サッカーとコロナ」をアップしました。)