8/13-16、日本ならお盆の期間がピレネーの山麓ルルドでは毎年「ナショナル巡礼」の期間に当たる。8/15が聖母被昇天祭だからだ。
ルルド巡礼は病気の方たちやその付き添いも多いから、この時期は毎年一日百万人の巡礼者、そのうち半数が「巡礼団」だ。フランスじゅうの小教区がルルドへの巡礼を組織する。
ところが今年はCovid19のせいで、5000人以上の集まりが禁止されているから、聖域にも5000人以上入れない。
百万人のキャパシティがある山間の広々とした空間なのに。
EU以外の外国人巡礼者はそもそも入れないし、ホテルや土産物店など、聖域の外にある地元「観光業」は、3月以来の「閉鎖」も続いて、シャッターを下ろすところが増えてきた。
ミサの中継などをはじめとして、「リモート巡礼」のノウハウは飛躍的に高まったので、どこにいてもルルドをじっくり見ることはできる。
14世紀半ばにフィレンツェでペストが流行った時と、人口が半減したその後、聖母マリア行列が盛んになった。聖母マリアがマントを広げてその中に、三密でひしめき合って祈るフィレンツェの人々を入れて守るという絵があちらこちらに描かれた。
疫病となると、「自分たちで閉じこもって自主隔離」というやり方が少しずつできてきた時期だったから、聖母のマスクならぬマントの中に入れてもらえれば、雛鳥のように守られると思ったのだろう。この時の聖母は幼子イエスを抱いていない。両手でマントの裾を広げて人々を迎え入れている。聖母がイエスなしで一人で人々の前に現れるというタイプの御出現が後に普通になったことにはこういう心理もあったのかもしれない。(今検索したら、
幼子イエス付きのものもあった。その場合は天使が聖母のマントを広げている。)
すでに疫病で苦しむ人々の傍に磔刑像が掲げられて、共に苦しむイエスの姿が病人の慰めになったのは理解できる。でも、裸で両手足を釘づけられて自由を奪われて血を流しているイエスのもとに疫病逃れの「緊急避難」するのは難しい。
「避難所」のマントを大きく広げて迎えてくれる聖母の方が「防疫」としては「頼り」になると無意識に考えたとしても不思議ではない。
そんな聖母マリアが大きく広げたマントのような聖域ルルドが、疫学や予防医学の発展した時代に、大きく入場制限をかけられることになったのは、皮肉だ。