奴隷制、人種差別を見ていると…
アメリカでBLM運動が高まりを見せてから、フランスでも17世紀に奴隷貿易に関わったコルベールの銅像を取り除くとか取り除かないとかの議論が出てきたのは記憶に新しい。前にも少し書いた。
で、前から、フランスの黒人差別というものとアメリカのそれとはまったく別の種類のものだとは分かっているので、それについてより詳しく分析しようとあらためてずっと調べていた。 調べているうちに、ほとほと嫌になった。 前にも、アメリカの南部で黒人奴隷が求められたのは彼らがマラリアに対する免疫を持っていて白人奴隷よりコスパがよかったからだということを書いたことがある。 今回も、つくづく思ったのは、別に黒人奴隷の悲劇を相対化する意味ではなくて、人間はいかに、相対的に強い者が弱い者の生殺与奪の権を握って、奴隷化、家畜化、モノ化、することに何の躊躇もしなかったという歴史の現実の無残さだ。 「弱い者」には敗戦者だけではなく、女、子供、病人、老人、囚人、障碍者、全部ある。 植民地主義時代の黒人奴隷の「取引所」が北アフリカのイスラム諸国だったことはよく知られている。黒人奴隷を彼らに売ることで利益を得た黒人の王だっている。黒人の部族同士でも戦闘の後で互いを使役用に奴隷化したり、子供は去勢奴隷にしたり、してきた。そのような部族間に存在した「復讐」の文脈で、白人の軍隊に協力する部族がいなければ、アフリカはあのようにあっという間に植民地化もされなかった。例えばフランスがマリを征服したのは、ムスリムに搾取されていた奴隷が氾濫してフランス軍についたからだ。ジブチでは、16世紀初めを除いて、白人に売るために奴隷を確保、調達していたのはほぼ100%アフリカ人だった。 黒人の奴隷商が同じ黒人を売っていた様子はメリメの『タマンゴ』にも出てくる。 「人種差別」ではなく、金の支配だ。 「西洋帝国主義国家」が自然と共生していた平和なアフリカを蹂躙したというのが今のポリコレだけれど、すでにアフリカでは奴隷売買経済の帝国が広がっていた。 奴隷貿易によって富を得たイギリス人やフランス人はいたけれど、イギリスやフランスという国自体が奴隷によって国力を高めたというマルクス主義者が広めた説は正確ではない。国レベルでの「近代化」は、奴隷の有無ではなく、石炭などのエネルギー源の利用によって達成されたものだった。 イラクでは九世紀に、黒人奴隷が増えすぎて20年にわたって反乱を起こしたので、その後は、増えないようにと去勢した。「西洋」は、黒人が増えれば、買わなくても奴隷の頭数が増えることをむしろ歓迎した。 2012年にはオーストラリアのジャーナリストが、今でも、モーリタニアイスラム共和国で売買がなされたという黒人奴隷が北アフリカで働かされているというドキュメンタリーの制作を阻まれた。 それでなくてもコンゴのウラン採掘で子供たちが労働させられていることは有名だし、インドの「現代奴隷」も有名だ。 私が今回初めてゆっくり調べたのはイェニチェリというトルコによる白人奴隷の歴史だった。14世紀、トルコ帝国は馬に乗る騎兵が優秀だったけれど歩兵の力が弱かったので、歩兵の精鋭隊を作るために、ヨーロッパとの戦いで勝った地域から奴隷を連れてきて養成した。その後も、定期的に、ヨーロッパで8歳から20歳の男子を一回に1000人から3000人規模で誘拐し、トルコ語を教えイスラム教に改宗させ、軍事訓練を施して優秀な者によるエリート軍団を作った。彼らは生涯独身を課せられたが、特権も与えられた。その後も誘拐から強制徴用という形を経たが、17世紀には帝国の軍隊の規模が充分大きくなり強大になったので、もうイェニチェリを必要としなくなった。 同時に、トルコ人のイェニチェリも増え、家族を持つことも普通になり、特権の世襲もでき、それなのに近代戦には対応できない「古い」軍隊になっていった。19世紀には廃止されたのだけれど、その時の反乱で7000人がコンスタンティノープルで殺され、10万人以上が亡命先で殺されるなど、ひどい結末になっている。 そんなこんなを見ていると、今のアメリカ社会での実際の問題とは別の次元で、「『差別』が権力によって担保されている」という状況をどうしたら根本的に改善できるのかと、茫然としてしまう。 南アフリカでアパルトヘイトが撤回された後に、ケープタウンの歴史ミュージアムを訪れた人の話を聞いた。そこには、黒人が「原始的」な生活をしている場面を蝋人形で再現した差別的な展示が残っていた。ネルソン・マンデラはそれを撤去せずに、その前に、「あなたはこれについてどう考えますか?」と書いた立札をつけ加えたのだという。 差別の解消は、「問い続ける」知性を育むところにしかないのかもしれない、と思わされた。
by mariastella
| 2020-09-15 00:05
| 歴史
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