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L'art de croire             竹下節子ブログ

クロード・シャブロル『権力の陶酔』とテオドル・ヘルツル

またまた未整理の覚書。


先日のイザベル・ユペールのイメージが尾を引いて、またArteで彼女の映画を観てしまった。

2006年の映画で、日本語で検索したら、日仏会館で英語字幕で公開された感想を見つけたけれど、ほとんど知られていないようだ。

クロード・シャブロルの『権力の陶酔』。


ユペールが予審判事の役で、2000年に実際に起こったフランスの石油会社エルフ事件をモデルにしている。政界と財界、ブルジョワジーの癒着、モラルの不在。

この映画でも、しょっちゅうタバコがふかされている。でも映画の中の女性判事のタバコは、中毒とはいえ、心を落ち着けるのには必要だったんだろうなあ、と同情の念が湧く。


政財界の大物たちは必ず「葉巻」をふかしている。

(私の周りにも、たばこは絶対吸わないのに、集まると食事の後は必ず葉巻という人たちがいて、無意識かもしれないけれどその含意を感じることがよくある。)

役名のジャンヌ・シャルマンというシャルマンは魅力的ということで、実際にこの事件を担当したエヴァ・ジョリのジョリ(きれいな)を連想させる。

で、エヴァ・ジョリのことは、彼女が2012年の大統領選に立候補した頃にこのブログでも触れているけれど、二重国籍の話だけで、当時は「弁護士から政界に転向した」というイメージで、エルフ事件の予審判事だったことはまったく考えていなかった。


この映画でユペールが演じるシャルマン判事は、予審判事として捜査権をフルにいかした徹底的な活躍ぶりで(予審判事の権力の大きさが冤罪をもたらした例もある)、それ故に、政治家がらみで担当から外されてしまう。

ナマリのないユペールでさえ、か弱そうな女性が大企業のトップを逮捕させて尋問するということで危険な目に合うのだから、実際のエヴァ・ジョリにはさらに偏見や差別の圧力があったのではないかと想像する。

映画としては、一つ一つのエピソードが強烈なのだけれど、カタルシスのない結末なので、考えがあちこちにとぶ。

今となっては2000年のエルフ事件よりも、頭に浮かぶのはやはり日産・ルノー事件だ。ルノーの最大株主がフランス政府であること、ゴーンがルノーで働くためにフランス国籍を付与されたことも含めて、ゴーンのしたことやルノーや日産のしたことも、今はエルフ事件よりももっとグローバル化して、もっと規模の大きいエゴイズムで動いていることにあらためて驚く。同時に、ブラジルのレバノン移民の子孫だったゴーンにとってのサクセスのシンボルがヴェルサイユだったっていうのも何か哀しい。

などと考えているところに、グローバリズムの専門家で政治学者のピエール・イラールが90分にわたって自著の『Dans les pas de Theodor Herzl,revenir aux sources du sionisme ; Famille, nation, vérités immuables』について語っているのを聞いて、それがまた私の頭の中でエルフとルノーに繋がってしまった。

テオドル・ヘルツルは「シオニズム」の提唱者として有名だ。その彼の残した膨大なノートを分析した本だ。

ヘルツルは、ハンガリー生まれのドイツ語話者で、ウィーンでジャーナリストになりパリに派遣されて、様々なユダヤの富豪とコンタクトするのだけれど、フランスのロッチルドとイギリスのロスチャイルドは政治的思惑が違うし(ドイツにもいる)、ドイツもクウェートまでの鉄道を開設する予定があるなど、実にいろいろな地政学と経済の事情が利害を錯綜させている。

で、ヘルツル自身は、まるで聖職のようにこのシオニズム(すべてのユダヤ人を対象にせず望むものだけを対象にしたもの)を追求した。こういう人たちが歴史の流れを変えたのはすごいと思うけれど、結局、「聖職」は「聖職」で、「自分の家族を作って血のつながった次世代を育てる」などという望みとは相いれないんだなあ、とヘルツルを見ていると気の毒になる。離婚できないで、三人の子供をもうけた妻は精神を病んだまま隔離され続けて病死、ニンフォマニアと診断された長女はボルドーで麻薬のオーバードーズで死に、その知らせを聞いて駆けつけた長男はその日のうちにホテルで自殺、結婚した次女も精神を病んだ上、ナチスの強制収容所で殺され、身の安全のためにイギリスに送られていたその息子(ヘルツルのたった一人の孫)も、英国軍の士官となったけれど自殺した。ヘルツルは家庭の辛さから逃げるように、英仏独だけではなく、ロシアやエジプトなどを駆け回ったのだという。彼自身はロスチャイルド家とも共通の友人がいたように、両親ともユダヤのブルジョワジー出身だった。

ヘルツルの話は、エルフ事件ともゴーン事件とも一見関係がないように見えるけれど、国際的なベースがあって、いろいろなタイプの偏見や差別も根にあること、私財を増やすことや権力を拡大することなどが個人や国家やイデオロギーにとっての最優先事になってしまうという倒錯がある事情は共通している。

そういえば、イザベル・ユペールも、ブルジョワ家庭出身で、父がハンガリー、ドイツ系のユダヤ人、母親がカトリックでカトリック教育を受けて育っている。ヨーロッパでは歴史も文化も政治の大きな流れも、様々な階層的、宗教的なリアルなしには語れない。それがそのまま、国際紛争も外交問題にも直結しているのだと、改めて考えさせられる。


by mariastella | 2020-09-22 00:05 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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