教皇の回勅とゼムールとBHL

昨日の記事で触れたローマ教皇の新しい回勅「Fratelli Tutti」だが、このみんな「同胞」というのに「兄弟」というジェンダー的な言葉を使ったということで批判もあるらしい。確かに、この言葉は今となっては難しく微妙だ。

フランス革命の自由・平等・fraternité　の3つ目の言葉と同じで、私が子供の頃の歴史の教科書には「博愛」とあった。

「友愛」と訳されることがあるのも知った。私はできるだけ同胞愛とする。

もともとは、一神教の神に創造された「子供」というところから来ているのだから、共通の親を持つ、というもので、兄弟姉妹全部を指す。カトリックの「兄弟会」というのも、女性にも使うので「信心会」と訳されることが多い。

フェミニストは、女性同士の連帯を表すのに「sororité」姉妹愛という言葉を使うようになった。

でもそうすると、そこには「男」は排除されるから、もとは同胞全体を指していたfraternitéまで、「男」だけに矮小化されかねない。

すべての人間の連帯を呼びかける大切な回勅だというのに、こんなジェンダー色のある言葉を使うというところが確かに「脇が甘い」ともいえる。

フランスの極右ジャーナリストのゼムールが教皇の「ヨーロッパ嫌い」(特にフランス嫌い)を言い立てたことは昨日も書いた。彼にとっては、この回勅はまさに現実を見ない「中二病」のものらしい。14歳なら書けるけれど、15歳半になったらもう誰も信じていない、と。

この教皇はもはやカトリックでなくポスト・カトリックだ、と言う。

フランシスコ教皇はこの回勅の第二章で、移民や難民を迎え入れることの重要性を説き、新約聖書のイエスだけでなく、旧約聖書にも繰り返しそのことが出てくると言って、いろいろ引用している。

「寄留者を虐待したり、圧迫したりしてはならない。あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである。(出エジプト記22,20)」とか、

「あなたは寄留者を虐げてはならない。あなたたちは寄留者の気持を知っている。あなたたちは、エジプトの国で寄留者であったからである。(出エジプト記23,9)」とか、

「あなたたちのもとに寄留する者をあなたたちのうちの土地に生まれた者同様に扱い、自分自身のように愛しなさい。なぜなら、あなたたちもエジプトの国においては寄留者であったからである。わたしはあなたたちの神、主である。(レビ記 19, 34)」などだ。

ユダヤ人は飢饉のときにエジプトに移民して奴隷化された後でモーセに連れられて苦労して「約束の地」に戻ってきた。

ゼムールはこの部分のこともほとんどせせらわらって、「ユダヤ人は移民でエジプトに渡っても、自分たちの国に戻ったのを忘れてはならない。今のフランスにやってくるイスラム移民や難民は、自分の国に戻らない、過激派はフランスに自分たちのテリトリーを作っている」と指摘した。フランシスコはアルゼンチン出身で、「解放の神学」や共産主義者の影響を受けた左翼政治家だ、と言う。それでもアメリカの左翼はまだ満足せず、fraterntyがジェンダーバイアスのかかった言葉だと言って批判している、歯止めがない、と。

別の番組で、ベルナール・アンリ=レヴィ(以下BHL)がこの移民や難民問題について長いインタビューを受けているのを聞いた。彼はまったく反対の立場で、ヨーロッパ自体もいろいろな地域から移民して集まった多様な民族の集合体だ、ヨーロッパのDNAには外国人受け入れ、ホスピタリティ、がある、それこそがキリスト教ヨーロッパの核でもあったと強調していた。

BHLは最近も熱心にレスボス島やクルドの難民のもとを訪れ、ルポルタージュを発表して、非人間的な劣悪な環境を批判している。

もしゼムールがそこにいたら、BHLも「中二病」だと言われるだろう。

富裕層で、政治力も高く、リビアやマリへのフランス軍事介入にも大きな役割を果たしたBHL、確かにその理想と「フランスの使命」への思い入れは強烈だ。

これまでは、「?」という部分もいろいろあったのだけれど、これほど「ぶれない」様子をみていると、なるほどなあ、と思った。

しかも、彼をとりまくジャーナリストらがみなシニックで傲慢そうな様子なのに、一番年長者であろう彼だけは、本当に謙虚で誠実な感じだった。そのことに一番驚いた。

フランスのTVは一般地上波でも、ひとりの意見をとことん引き出してくれるから結構おもしろい。高邁な理想を掲げ、遠方で繰り広げられる悲劇を高所から見てアクションを起こすのはBHLのような「高等遊民」の特権で、「日和見」のエゴイストから揶揄される必要はないなあ、と素直に思ってしまった。