パヴェウ・パヴリコフスキ監督『Cold War あの歌、2 つの心』
予告編
ヨアンナ・クーリグとトマシュ・コットという主演者がいい。
冷戦ものも恋愛ものにも心を惹かれずないので観ていなかったこの映画を、Arteで視聴した。
主人公のカップルがピアニストで作曲家の男と歌手でダンサーの女という設定が、結局、今のコロナ禍での「アーティスト虐待」政策と重なって、なかなか身につまされることになった。
全編の伏線として、ポーランドとカトリックの関係があるのだけれどそれは別のところで書くかもしれないので今は保留。
ピアニストのヴィクトルが採集する民俗音楽の歌詞にも、「この愛は神から来たものか、それとも悪魔のささやきか」というものがあり、愛を親から反対されたというものもある。
ヴィクトルとズーラという男女の名は監督の両親の名だそうだ。ポーランドの軍医だった父と14歳だった監督を連れてイギリスに渡った英文学教師の母は、共に生きることにも、別れていることにも耐えられない、という強烈なキャラクターで、さまざまな葛藤の末、ともに、1989年、ベルリンの壁崩壊の直前に亡くなったそうだ。同時に亡くなったということは映画のように心中だったのだろうか、調べてみたけれど分からない。
ポーランドの民族服をつけて一糸乱れぬパフォーマンスを披露する舞踏団の様子が、スターリンの肖像写真を背景にすると、北朝鮮のパフォーマンスやヒットラー政権のパフォーマンスに見えてくる。
そのおかげでベルリンやユーゴスラビアなどに公演旅行ができる。1951年の東ベルリンで、ドイツ人とポーランド人は兄弟だ、同じ共産主義者だから、というセリフが出てくるのも、第二次世界大戦後わずか6年後のポーランド人にとっては複雑だろう。でも当時はまだベルリンの壁がなかったから、ヴィクトルは西側に亡命できた。ズーラは待ち合わせ場所に来なかった。
3年後にパリで再会した後でもまた別れ、その翌年にヴィクトルはユーゴでのズーラの公演を見に行くが、おそらく今のクロアチアであって、カトリックのネットワークが機能していたのかもしれない。とはいえ二人が自由に会えるわけはなかった。
冷戦の間に亡命した様々なアーティストたちのことを考えると、アートの命とは「自由」であり、「自由」こそは全体主義にとっての裏切りなのだとあらためて分かる。(ヴィクトルは、最後にポーランドに戻って捕らえられた時におそらく拷問によって指を潰される。自由の武器だったピアノが弾けなくなったのだ。)
日本語のレビューをちらりと読んだが、冷戦とか政治背景は直接関係ない恋愛もの、悪女ものだ、というものがあった。「強い女」ではあるかもしれないけれど、ズーラは悪女ではないし、冷戦という政治背景はもちろん決定的な要素なので、そういう風に見る人がいるのには驚いた。
私の年代でパリにいる人なら東欧からのもと亡命者の知り合いがいない人などまずいないだろう。私も個人的にもいろいろな知り合いのヒストリーが思い浮かぶ。
何といっても、音楽の使い方が素晴らしい。監督もピアノを弾くそうだ。
フォークロリックな歌が脚色されていったり、ジャズのバックで歌われたり、フランス語の歌詞でシャンソンに仕立て上げられたり、その都度の心象風景や葛藤が強烈に伝わる。
そしてポーランドのピアニストというなら絶対に欠かせないショパン。幻想即興曲という選択は熱い。
ショパンもポーランドからフランスにやってきた。
フランスではジャズやロックが流れ、最後に二人が死を待つシーンでは、眺めのいい「向こう側」に渡った後で一陣の風がさっと吹き、その後のエンディングロールと共にバッハのゴルトベルク変奏曲が、ぽつ、ぽつ、と始まる。音楽は「この世」と「永遠」とを結ぶ。