ジョン・スタージェス『大脱走』1963 (追記あり)この超有名映画、大昔に観たはずだけれどほとんど何も覚えていない。 そのすぐ後で『シンシナティ・キッド』を観た時のいくつかのシーンの方が少し思い浮かぶ。 長いので疲れるけれど、今回コマーシャルのないArteで視聴する気になったのは、最近見ている『ラッシュアワー』のせいで、ハリウッド風アクション映画を観るハードルが低くなったせいかもしれない。 この映画の記憶が「特別」なのは、やはりテーマ音楽である大脱走のマーチだろう。今の日本の人は「コマーシャルでよく使われている」という人が多いようだけれど、私の世代では、ともかく、中学、高校の運動会、体育祭でブラスバンドが演奏する曲というイメージだ。今聴いても、本当によくできている。この曲と「ボギー大佐のマーチ」が必ず演奏されていた記憶がある。大脱走のテーマの方が最初四度の音程で上がるのでよりキレがいいかもしれない。 (追記: この映画を観てから、「史上最大の作戦」マーチもセットになって頭の中を駆け巡る。そっちはノルマンディ上陸作戦だった。それにしても日本にも「軍歌」がいろいろあったのに、政策的理由は別としても、戦後の行進曲がみなハリウッド映画の行進曲一色になったのは不思議でもある。「汽車汽車シュッポシュッポ」みたいに「兵隊さんを乗せる」歌の歌詞が変わって生き残るケースもあったけれど小学唱歌だし。) 出てくる俳優も、マックイーンはもちろん、デビッド・マッカラムや、ジェームス・コバーンなどなつかしい。イギリスの空軍大佐がスコットランド人のジェームズ・ドナルドなのだけれど、いかにもイギリス風エレガンスという風貌で悪くない。 で、映画の方も古くなっていないし、友情やヒロイズム、サスペンスを群像の中によく配して、「脱走後」の運命の描写の構成もうまいので飽きさせない。 ヨーロッパに長く暮らしている今となっては、ドイツでのロケ、捕虜の中のポーランド人やオーストラリア人(この人が原作を書いた)、中心となる英国人、そして似て非なるアメリカ人などの国民性の描き方が印象的だった。ヒーローである一匹狼アメリカ人のヒルツは架空の人物で、服装や態度もイギリス人と違うし、アメリカの独立記念日に蒸留酒をふるまっても、独立戦争で敗退したイギリス人にとってはやや微妙な感じであるのも興味深い。ヒルツが理科系のインテリだという設定もおもしろいし、野球のグローブとボールをいつも持っているのも悪くない。彼の「不屈」が全体を貫くテーマの一つになっているのはアメリカ映画ならではだろう。 それにしても、ドイツの捕虜収容所(しかも脱走の前科がある捕虜が多い)の日常がこれほどまでに「自由」という描写には驚く。脱走の準備をカムフラージュするために外で大声で合唱したり、園芸だと言って土を耕したり、鳥の絵を描く教室があったり、脱走用の背広や偽の身分証明書を250人分も作ったり、なんだか信じられないけれど、トンネルを3ヶ所も掘ったというのが「実話」なのだから、それらが実際に可能だったのだろう。 イギリスの大佐も収容所長に向かって堂々と、「脱走を試みることで戦線の後方を攪乱することは兵士の義務である」などと言うのだから驚く。 私は日本人だから、戦陣訓の有名な「生きて虜囚の辱めを受けず」というのが日本の兵士の「玉砕」を勧めたイメージはもっているし、前述した運動会の行進曲の双璧のもう一つ「ボギー大佐」がテーマ曲である『戦場にかける橋』では、日本の捕虜収容所で英国人捕虜たちが強制労働に駆り出されたというイメージもある。日本の軍部によって炭鉱で強制労働に従事させられていたオランダ人捕虜の話も有名だ。戦争が終わったのにシベリアに抑留された日本人捕虜が虐待された強制労働も知られている。ナチスの死の強制収容所での悲劇はもちろんだ。 だから、いくら捕虜に関する国際協定があったとはいえ、この『大脱走』の舞台となった捕虜収容所の様子が非現実的に思える。こんなにユルイのなら、脱走のリスクをとらずにじっと終戦を待っていれば?と思ってしまうほどだ。 それなのに、全員が一致協力して分業し、チームワークの妙を見せ、自己犠牲の精神を発揮して、「大脱走」の実現に向けてがんばる作業が「実話」だというのだから、そこには、何か、個人の損得や価値観を超えた高揚があったのだろうし、そういう「極限状態」に対する一種の「夢」というのが、娯楽映画の動脈に流れるカタルシスなのかもしれない。 それでも、興行的に大ヒットしたこの映画が、冷戦中のソ連で上映された時、ロシア人たちはショックを受けたという。この収容所にはロシア人捕虜もいて、彼らは強制労働に駆り出されている描写があるからだ。 実際、ソ連はロシア帝国が批准していたハーグ条約から脱退して、1929年のジュネーヴ条約での捕虜の虐待禁止に調印していなかった。日本も調印はしたが批准していなかった。 第一次世界大戦でも当事者だったドイツと英米間では、ジュネーブ条約の縛りは大きいものだった。だからこそ、ユダヤ人などの扱いと違って、ドイツ軍の英米「兵士」の捕虜へのリスペクトという原則は本気だったのかもしれない。 逆にドイツ兵がソ連で捕虜にされても奴隷か虐殺かという運命が待っているので、この映画でも、若いドイツ兵が、上官に逆らうとソ連前線に送られてしまう、と恐れる様子が語られている。 戦争の野蛮さは論外としても、多くの犠牲の上に立って、少しずつでも「国際条約」という縛りを互いに課してきた歴史にはほっとさせられないでもない。 でも、戦後に独仏が今のEUの基をすぐに構築したように、カトリック・ルーツのキリスト教文化圏というのもそれを容易にしたのかもしれない。日本やベトナムなどはそれに入らないし、ロシアも東方正教だったし第一次世界大戦後には「無神論」国家だったのだから、「差別」が働いたのだろう。 とはいえ、「大脱走」で語られる自己犠牲や友情や一致協力、強者に負けず不屈の意志で自由のために戦うなどというシーンは「キリスト教」のルーツにある価値観が共有されているからこそ当然のように強調されているわけで、それが世界中でヒットしたのはその価値観が人間として共有できる普遍性を持っているからだろう。 残念ながら今の時代は、別の文化圏との「文明の衝突」があるし、「民主主義イデオロギー」を共有する国においてさえ、生産性や権益の多寡による差別構造の中でモラルがなぎ倒されている時代だ。 けれども、消費主義というファシズムの収容所に閉じ込められている状態から解放される道はきっとある。 強者によっていろいろな形で自由を奪われている状態に安住せずに、弱者が協力し、自分よりも相対的にもっと弱い立場にある人を助け支えながら、不屈の意志で少しずつ複数のトンネルを掘っていくという道だ。そのことを、このような映画が教えてくれるとしたら、この映画が「古びていない」ことに勇気をもらえる。 (娯楽映画なのだからどうでもいいことかもしれないけれど、ヒルツが懲罰房から出てくる度に、髭がのびていないのがなんだか気になった。ヨーロッパの軍隊では毎日きっちり髭を剃ることが義務付けられていたそうだけれど、捕虜収容所やその懲罰房でも毎日の髭剃りがあったのだろうか。だとしたら、剃刀が支給されていたのか、見張り付きでもそれはかなり危険なのではないか、などと考えてしまった・・・)
by mariastella
| 2020-12-11 00:05
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