前に日本は世界一の災害国で、それ故に将来地球を救えるかもしれないくらいに、国際的な研究の舞台になっているドキュメンタリーについて触れた。
ネットに飛び交う匿名コメントばかり見ていると、日本という国に絶望してしまうけれど、そのドキュメンタリーには励まされた。
近頃は、ロウボウ先生のブログ「いのちはるかに」の最新シリーズの「日本と北欧と世界 日本だってやれるぞ!」を読んでやはり希望をつないでいる。
まあこのシリーズは日本と、北欧、特にノルウェーとの比較で、あまりにもかけ離れているので比較しようがないと思うのかインスピレーションをもらえるヒントになるのか、と迷うところだけれど、興味深く読ませてもらっている。
異論のある部分もある。
たとえば銃の技術発展についての部分。
「種子島」がもたらされてわずかの間に日本において銃の性能は特異なくらいに発展して「戦国時代」の争いに決着をつけた。ヨーロッパ由来の銃をあっという間に追い抜いた。品質改良は日本のお家芸だ。けれども日本がさらに特異なところは、その後、徳川幕府による「天下統一」の後は銃器が封印されてしまったことだ。徳川の平和の時代には、ロウボウ先生の言うように「刀」の技術も、「武士道」「剣道」などへと美学化していっている。銃などシンボリックな意味はゼロだ。だから、200年後に大砲を備えた黒船が来たらなすすべがなかった。その辺は「進歩史観」があるかないかの文化の差異だと思う。
この記事を書いている段階ではロウボウ先生のシリーズは完結していないので分からないけれど、もう一つ、欠けているのは「移民」の問題だ。EUのシェンゲン圏だから、ルーマニアなどからの移民が自由に働けるし、アフリカや中東などから3000人の難民がいるし、今年の初めにもルワンダの難民キャンプなどからリビアの難民600人などを引き取りに行ったりしている。フランスのように歴史的にも最初から「混血」が多い国と違って、北欧の国でのアフリカ系移民は「見た目」の差も歴然としているし、自然にゲットー化している部分もある。人口比からすると無視できない。
「自然との関係」というだけではなく、地政学的要素が島国日本とはあまりにも違っているから、見事な切り口は興味深いけれど、フランスからこの論考を読んでいるとまた別のことをいろいろ考えさせられる。
ともかく、最後の「提言」が楽しみだ。「日本の今」について、怒りや失望、批判や愚痴でもなく偏狭で根拠のないナショナリズムでもないポジティヴな言葉を読めるのはほっとする。