『ラ・フォンテーヌの寓話』と言えば日本でもよく知られている。
ラ・フォンテーヌ自身も、ギリシャのイソップ物語やインドの説話等々の選考モデルを使ってこの243もの話を書き上げた。翻訳でそれを読んでいた頃は、それこそイソップ物語などと同じ寓話でしかなかったけれど、フランス語で読むようになると、これがまさに「詩」であり「歌」であるというのがよく分かる。
バロックの朗誦を習うクラスに参加した時は、この寓話の中の一つをどれでもいいから暗唱してくる、というのが条件だった。フランスで育った人なら、幼稚園、小学校と、すでにいろいろな童謡やラ・フォンテーヌの暗唱が教育プログラムの中に入っている。韻律がはっきりしているので、暗記のための暗記というのと違って、むしろ「暗譜」に似ているくらいだ。バロックの朗誦ではそれをジェスチャーを加えて17世紀風に発音するわけだ。
ラ・フォンテーヌの寓話は、広い意味の「寓話文学」などとは一線を画したフランス語の神髄でありフランスのエスプリの神髄でもあると今は思う。形と内容が一致している。フランスのホメロスだとさえ呼ばれている所以だ。
たとえばその中に『ライオンと蚊』というものがある。フランス語ではmucheronで「小蠅」という感じだけれど、内容を読むと今でいうmoustique (蚊)だと分かる。
ここで紹介しようと日本語訳を検索したら、あるブログのこういうものが最初にヒットして、原文も注もあって分かりやすいのでこれをまずどうぞ。
何気なく読み飛ばすかもしれないけれど、最初に蚊がライオンに向かって「おまえの王様という称号をぼくが気にして怖がるとでも思うのかね?」というのに注目してほしい。
ラ・フォンテーヌは、この寓話集を1668年に当時7歳だった皇太子に献上している。この皇太子は父であるルイ14世よりも早く死んだのでフランス王位は継がなかったけれど、ともかく、絶対王権の太陽王ルイ14世の皇太子として国王教育を受けていたわけだ。
「絶対王制」である。
その皇太子に捧げる寓話の中で「王という称号」が揶揄されているのだ。「寓話」の中で「蚊」が言うのでなければ冒涜罪だ。
そしてラ・フォンテーヌの寓話の多くは「虚栄」を戒めている。
絶対王政が倒されて共和国になった後も、ラ・フォンテーヌの寓話は公教育の基本テキストとして取り入れられてきて、今も続いている。日本の小学校の「国語」教育で17世紀のテキストを習ったり暗唱させられたりした覚えはないことを思うと、フランス語への思い入れというのが分かるし、教訓の多くが、もとはといえばキリスト教モラルに基づいた「自然政治」であることにもあらためて感慨を覚える。
それだけではない。この寓話の教訓の一つは「われわれの敵の中で最も恐るべきはしばしば最も小さなものである」となっている。
昨今のコロナ禍にさえ通じる普遍性がある!
(『ライオンとネズミ』も有名で示唆に富んでいます。)