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L'art de croire             竹下節子ブログ

閑話挿入 『シューベルト包帯』

音楽セラピーというものがある。私の知人にもそれを仕事にしている人もいるし、私もそれを想定してプログラムを組む時もある。また、音楽家だけではなく、いろいろなアーティストが、クラウンの演技から詩の朗読、ダンスによるセラピーまで、高齢者の施設やホスピスや病院のリハビリ施設などを訪問するボランティアに携わっている話もよく聞くし、記録も見てきた。


フランス人チェリストのクレール・オペールはちょっと違う。医師とアーティストの両親のもとで育ちモスクワの音楽院で学んだ彼女は長い間医師として働きたいとも思っていた。コンサートやレッスンの傍ら、1997年頃に重度の自閉症の少年の前でチェロの生演奏をすることで、時には楽器に穴をあけられるなどのアクシデントにもあいながら、音楽が心身に与える影響を実感していた。

2012年に、ある要介護施設で、看護師が傷の包帯を取り換えるのに苦労しているのに出会った。認知症のある老婦人は痛みを訴え、叫び、看護師に噛みつきさえしたのだ。オペールはチェロを取り出して、シューベルトのアンダンテのテーマをくり返し弾いた。

3秒ですべてが変わった。

老婦人は静かになり、微笑み、看護師に身を任せた。その効果に驚いたオペールは、その後も、包帯交換の度に通って同じ曲を弾いた。看護師はそれを「シューベルト包帯」と呼んだ。


それからがすごい。彼女は毎週一度、特定の病院で特定の患者たちに個別にチェロを弾き(シューベルトだけではなくバッハやモーツアルト、ラフマニノフから民俗音楽までいろいろある)、演奏前と演奏後の身体データを比較追跡することになった。その結果、10分のシューベルト演奏はオキシノルム(鎮痛剤)5mgに相当する効果をもたらすことなどが分かった。患者のカルテに曲目や演奏時間が記録され、セラピーの効果をオペールと担当医が共に確認していくというプロセスが定着したという。

その経過を書いた本が出ている。

閑話挿入 『シューベルト包帯』_c0175451_18112842.png

「効果のほど」はすごくよく分かる。私が病気になったり瀕死の状態になったりした時に病床でしかるべき曲の生演奏を耳にし続けることができたらどんなにいいだろう。

自分で弾いていても癒されるけれど、本当に具合が悪くなったら自分では弾けない。

ヴィオラは自分の声域に近いので悪くないけれど、男性の声域に近いチェロは、もっと落ち着いた感じで病院での演奏にはぴったりだろう。

至近距離でそれを聴くのはどんなに癒されるか、極上の瞑想効果を労なくして得られる。

藤原真理さんのパリのアパルトマンで二度の機会に弾いてもらったバッハの無伴奏の数曲は忘れられない。

もちろんギター曲の癒し効果もすごくて、外出規制の間にソロ曲を弾き直した時間は至福だった。

私たちのトリオの曲にも、毎回魅せられっぱなしだ。でも、三台のギターを離れて聴く側の距離感のバランスと同じ条件のものを弾きながら生で聴くことは不可能だ。ソロ曲ならそれなりの距離をおける。

ピアノ演奏は楽器の移動が難しいから無理だけれど、チェロ奏者、ヴィオラ奏者、ギター奏者がみな定期的にどんどん病院や介護施設であるいは家で介護されている人のもとで出張演奏してくれるなら、さぞや多くの人が癒されることだろう。

不可能なことでは全くないけれど、互いが望まなければ実現しない。

演奏者そのものが、癒される人を見ることでさらに癒されるというのも事実なのだから、全ての演奏者に一度は試してもらいたい。


by mariastella | 2021-01-16 00:05 |
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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