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L'art de croire             竹下節子ブログ

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(Manchester by the Sea)ケネス・ローガン2016

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(Manchester by the Sea)ケネス・ローガン2016

名作だと言われているのでTVでの放映をなんとなく視聴。



マンチェスターという町の名のせいもあるのか、なんとなくケン・ローチのイギリス映画みたいな感じだった。

救いがなく、後味もすっきりしない。


この町はボストンよりさらに北で寒そうだ。

モントリオールで冬に亡くなった知人がいるが、やはり墓地が凍っているのですぐに埋葬できないで冷凍して待機したという例を知っているので、ここもそうなんだ、と思った。冬場に新型コロナ感染症の死者がたくさん出たら大変だろうなと今のご時世だから考えてしまう。


この映画、兄弟の絆は強いし、父親もいい感じだし、信頼できる友人夫婦もいるし、兄の息子も友人たちに囲まれている。それなのに兄が心臓の深刻な病気を宣告されたり、弟が自分の不注意で火事を出して子供たちを死なせてしまったり、兄の妻がアル中で出ていったり、なんだか不幸ばかり起こる。

演技やシナリオがよくできていてリアルな分、ああ、私はこんな不幸な目に合わなくてよかった、みたいなくだらない感慨を覚える。


いわゆる「地元」での生きづらさは、日本の「地方」にも似ている。数世代が続いて暮らしている共同体って、人情にあふれているようで、一皮むいたレベルでの愛憎の葛藤がすごいのだ。

私は匿名的な都会しか知らないけれど、フランドルの田舎の家を別荘にしていた20年くらいの間に、それを発見した。その村で日本人の私はETみたいなもので、質問したら、みんな一皮下の出来事をどんどん話してくれた。彼らの率直さには当時から驚いて、カーソン・マッカラーズの『心は孤独な狩人』を連想したものだ。私は聾唖者ではないし、フランス語も話せるのだから、聞いたことを他の誰かに告げ口することだってあり得るはずなのに、彼らにとっての私はまったくの「枠外」だったということだ。

宗教の描写にも注意をひかれた。のこの映画の主人公リーの兄の元妻は、アル中で出ていったのだけれど、「更生」して、新しい連れ合いと暮らしている。元夫の死後に息子のパトリックを昼食に招待するのだけれど、その連れ合いというのが、福音派かなんかのプロテスタントなのかピューリタンなのか、暖炉にはイエスの絵がかかっているし、家父長的ブルジョワで偽善的な雰囲気。で、食事の前に「お祈り」が始まり、一緒にアーメンと言わなかったことを母に咎められる。

(20年ほど前、ハワイ島のリゾートでのスペクタクル付きの屋外バーベキューで、司会者が祈りを初めて、常連らしいアメリカ人[白人しかいなかった。スタッフにも黒人は一人もいなかった]たちが一斉に唱和したことを思い出した。私や両親や少数の日本人客は別テーブルにいて、何が起こったのか一瞬分からなかった。)


さて、ぎこちない雰囲気の会食から戻ってきたパトリックは、車で待っていた叔父のリーに、「彼らはすごくクリスチャンだよ」と報告。リーが、「僕たちだってクリスチャンだよ。カトリックもキリスト教なんだよ」と言うのがおもしろい。チャンドラーという名で、息子がパトリックというところから察すると、彼らはおそらくアイルランド系なのだろう。葬儀ミサもちゃんと教会でやっているのに、パトリックがあまり宗教を意識していないのも、興味深い。

母親は福音派系のアル中治療の慈善団体かなんかでこの連れ合いと知り合ったのかもしれない。だから「ボーン・アゲイン」で生まれ変わることができたのだろうけれど、今度は、その共同体の規範のとりこになったようだ。結局、会食の後、すぐに母でなくこの男からパトリックにメールが来て、今はともかく距離を置こう、的な冷たいメッセージを受ける。パトリックが「自由」な少年で、父の死によって絶望して「救い」を求めているというタイプでないと理解したわけだ。

スポーツも音楽もこなし女の子にもモテる16歳の少年の心の襞や動きの描写が傑出していて、いろいろな和解と再出発の物語ではあるけれど「成長物語ビルドゥングス・ロマン」にはなっていないリアリティは特筆できる。

海辺の町というのがタイトルであるように、港のシーン、舟のシーン、最後の釣りのシーンなど、広い世界につながる海との関係がパトリックやリーの閉塞感や過去のしがらみなどからの出口を示唆するようで希望を感じさせてくれる。それだけに、彼らにとっては高価な船のモーターを買い替えるためにリーが兄の銃のコレクションを売ることを提案して、舟がよみがえり、海とのつながりを失わないですんだという結末が、この作品のテーマが実は「自由」の希求だということを分からせてくれる。


by mariastella | 2021-02-11 00:05 | 映画
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