アレクサンドロス三世=アレクサンダー大王とイエス・キリストの享年(?)がほぼ同じ33歳(?)だったことに気づいた。300年以上の差があるけれど、この二人は世界史を変えた。
それにしても対照的だ。
アレクサンダーは、由緒ある王家の出だ。30歳までにすでに当時の感覚での「世界征服」を果たしている。
ナザレのイエスは、ダビデの家系などと言われるけれど、 ローマ帝国の属国内で大工の家庭で育ち、30 歳を過ぎてから公的活動を始めた。
アレクサンダーは天才的な戦士で、世界の王になろうと進軍した。
イエスは、今のパレスティナでだけ活動し、無抵抗平和主義を貫いた。
アレクサンダーはペルシャ文化に染まり、その死因ははっきりしないけれど、戦死ではなく、バビロンに戻って寝たきりで10日間高熱に苦しんだとはいえ平和裡に死んだ。(アレクサンダーの200年前にユダヤ人はバビロン捕囚を体験し、バビロンを征服したペルシャ王によって解放されている。バビロンとペルシャの文化はユダヤ人の民族宗教に大きな影響を与えた。)
イエスは、弟子に裏切られ、裁判にかけられ、奴隷用の屈辱刑で殺されたが3日目に復活した。
アレクサンダーはエジプトに遠征した時にペルシャからの解放者としてファラオの称号を得た。半神であるアキレウスやヘラクレスの子孫とも言われ、ファラオはゼウスとも習合していた。
イエスは、ヘロデ王に殺されるのを逃れて生まれて間もなくエジプトに亡命した。後に「神の子」と呼ばれる。
アレクサンダーによってヘレニズム文化が定着し、イエスの教えもヘレニズム世界に広まり、アレクサンダーの造ったエジプトの文化の中心アレクサンドリアは、初期キリスト教神学の揺籃の地となった。
アレクサンダーが自分の先祖だという英雄アキレウスの墓とペルシャのキュロス大王の墓所に参詣したという故事は、後の王だの皇帝だのの権威付けのモデルにもなった。イエスは「昇天」したので墓所も空だったのに、聖墳墓教会も造られたし、無数の「殉教者」の墓への巡礼が「聖性」希求のモデルとなった。
アレクサンダーは一種の「戦神」として、後代の多くの「征服者」を鼓舞した。
弱者への愛と平等を説いて殺されたイエスの後に生まれたキリスト教は、ローマ帝国の国教となり、騎士団だの軍団などを通してアレクサンダーの息吹が「聖霊」の息吹と取って代わる時代もあった。いつも、多くの血が流された。
今のアメリカ、ロシア、中国、日本などでは、33歳で死んだアレクサンダーやイエスの2倍以上もの年長者たちが政権を牛耳っているのだなあ、と、ふと思う。そろそろ、歴史から学んでほしい。