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L'art de croire             竹下節子ブログ

マンサ・ムーサと黄金と円明園

パリのケ・ブランリー博物館で、奴隷貿易にも携わっていて財を成したアフリカの黒人皇帝マンサ・ムーサの像を見たことがあるけれど、それが、人類史上最高の資産を保有した覇者だとは意識していなかった。

やはり「西洋」仕様の歴史観が浸透しているから、アジアや極東のことならもちろん「日本人」視点といつもすり合わせる癖がついているけれど、アフリカ、特にブラックアフリカについては植民地化と独立戦争、そして安い労働力や豊かな自然資源を狙う多国籍企業や中国の進出、内戦や難民の問題、フランスの場合はカリブ海の海外県との関係などという観点から外にはほとんど目を向けていなかった。


今のマリ共和国についてもフランスへの大量の移民難民問題の他は、ケ・ブランリーにあるような仮面や民族資料より広くは調べたことがない。


で、人類最高の資産を保有した皇帝はマンサ・ムーサ。

歴史に「もし」があればアフリカの覇者、地中海の覇者になっていたかもしれない。今の感覚では、黒人はいつも白人に虐待されていたという図式があるけれど、マンサ・ムーサを見ていると、肌の色などではなく、ひたすら「金」と「富」が「権力勾配」を作るのだなあとあらためて思う。


マンサ・ムーサが財を成したのもご多聞に漏れず数代にわたって周りの諸部族を征服、略奪したからだけれど、その富をトンブクトゥという一大交易都市を通してさらに増やしていった。マリには金の根や実のなる「植物」が生えているという伝説もあったほどだ。


マンサ・ムーサの最盛期は1324年のメッカ巡礼だ。アフリカ大陸を横断してエジプトに着くだけで、ラクダで半年くらいはかかったはずの大行軍だが、金の杖を持つ家臣6万人、金の延べ棒を運ぶ奴隷12千人以上だというのだから想像を絶する。で、カイロについて、黄金を雨あられのように振りまき、そのせいで以後12年間、エジプトの金相場が回復しなかったという。その「気前の良さ」は語り伝えられ、マリは「黄金の国」となった。ただ金をばらまいたのではなく、そうすることで「信用」を買ったわけで、交易に関してますます優位に立ったわけだ。

イタリアやスペインの商人たちはトンブクトゥに集まったけれど、「対等」ではなかった。ヨーロッパではすでに金鉱脈は枯渇していてすべてマリ帝国に依存する状態だった。

それが一転して変わったのは、もちろん、「新大陸」の発見で、中南米の大金鉱を開発してからは、ヨーロッパ人はもはやマリを必要としなくなった。マリからあいかわらず買い入れ続けたのは、アメリカ大陸で働かせるための「奴隷」ばかりになったわけだ。マリも弱体化し、ブラック・アフリカではその後マリに匹敵するような「帝国」は生まれなかった。

航海術も含めいわゆる科学技術が発展したり産業革命が起こったりしてヨーロッパの「資産家」たちは「世界征服」の幻想に突き進んでいくわけだけれど、その機動力はいつも「ゴールド」の夢だった。


一方、ユーラシア大陸ではイスラム勢力がどんどんのびたし、イギリスの東インド会社などががんばっても、「中国」の富と勢力には歯向かえなかった。

マリ帝国の時と同じで、「白人」たちは、別に「中国人」を下に見ていたわけではなく、この時もひたすら富と黄金の絶対量が権力勾配を作っていたので、白人たちは策を弄したけれど、そもそも中国は広大で、交易を必要としていない。17世紀半ばに成立した清国も同じで、交易は属国からの朝貢というのがデデフォルトの感覚だ。


そんな最強の中国、そのまま行けばグローバリゼーションは中華スタンダードになっていてもおかしくなかった。それが荒廃したのはいわゆるアヘン戦争からだというのは知っていた。

そしてアヘン戦争はイギリスが仕掛けたというイメージも。

でも、第二次アヘン戦争で、イギリスとフランスがあっさり同盟軍を組んで侵略したことの野蛮さにはうんざりする。イギリスとフランスって犬猿の仲のくせに、こういう時につるむ。


まず、両国とも、イギリスがアヘンを「開発」する前までは、過去のマリ帝国との時のように、過剰輸入に悩んでいた。中国は何も必要としていないけれど、イギリスは茶、フランスは陶磁器などを大量に買ったので赤字は拡大していた。で、両国がつるんだのは、関心が微妙に違ったからだ。

1860年の円明園の破壊と略奪を思うと暗澹とする。フランス軍は陶磁器や宝物類を徹底的に略奪したといわれている。イギリス軍はその後で火を放った。

皇帝の離宮である円明園は、中華グローバリズムの最大の文化施設だった。広大な敷地には、万国博覧会のように、「西洋の宮殿や庭園」もしつらえられていて、イタリアやフランス人のイエズス会士らが設計している。清国は充分「世界の中心」だから、白人の国などにわざわざ出向いて侵略する必要はなかった。テーマパークにすべてをとりこめばいいだけだ。もちろん満族の清国とはいえ、四庫全書の正本を納める図書館や数々の財宝を配する中華文化の精髄がそこに集められていた。それらの価値を理解する西洋知識人がいたからこそ、それは垂涎の的でもあったわけだ。


古今東西、軍隊とか武器、暴力によって野心や欲望を満たそうとする「権力者」や「狂信者」や「蒙昧の徒」が破壊してきた「美」や「文化」や「知」や「命」のことを思うと絶望的になる。


その多くは、実は、政治や民族の尊厳や宗教や人種の問題でなく、いつも「経済主導」だったことも忘れてはいけない。

それは今も変わらないし、たとえ火を放たれて破壊されなくとも、テロリストに攻撃されなくとも、私たちの人間性を内から壊していく数々のことに私たちは日毎に直面している。


私たちを蝕み続けている何かの中で、マンサ・ムーサがカイロの町でばらまいた黄金に湧きたった人々の歓声が聞こえ続け、円明園を焼き尽くした炎と煙がまだくすぶっている。


by mariastella | 2021-03-11 00:05 | 歴史
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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