サンジェルマン伯爵と言えば、18世紀のヨーロッパでカリスマ的な人気を博した「不死の錬金術師」だ。
宝石で飾り立てられた服を着て、ルイ15世に取り立てられたというのに、わずかのシリアル以外には人前では決して飲食しなかった。英仏独語、イタリア、スペイン・ポルトガル語、ギリシャ、ラテン語はもちろん、サンスクリット語、アラビア語、中国語も自由に操れた上、絵も描き、ヴァイオリンとチェンバロの名手で作曲もした。錬金術の奥義を極めて不死の身となったと言われる。本人は「300歳」でしかないと言い、質問された召使は「わかりません、この100年しかお仕えしていませんから」と答えたとかいう。
「啓蒙の世紀」のヨーロッパにいながら、ヴォルテールでさえ彼のことを「死なない男、全てを知っている男」と形容し、フリードリヒ二世は、「死ぬことができない男」と形容した。
ロンドンで音楽家としてサロンで活躍していた時にフランスのスパイだとして逮捕され、「空白の12年間」にドイツに亡命して錬金術を学んだとか、インドやチベットに旅行したと言い、その証拠はないが、実際にオリエントの膨大な教養があったらしく、ともかく破格な天才だったのは間違いないらしい。使っていなかったロワールのシャンボール城に錬金術の実験室を与えられたことでも有名だ。波乱万丈の生涯を送って、 1784年にドイツで93歳で死んだと言われている。
で、1970年代に、自分は不死のサンジェルマン伯爵で、17000歳だと公言し、マジシャンの前で鉛を金に変えたり、スペインのテレビ番組で、10人ほどの科学者の前で錬金術を披露するなどのパフォーマンスをした人がいる。このサンジェルマン伯爵は、当時、友や夫の自殺などで鬱状態だった人気歌手ダリダと知り合った。ダリダ自身も何度も自殺未遂をした人だった。
彼女は「不死」のサンジェルマン伯爵に惹かれる。それから8年も共に暮らし、彼を歌手としてもデビューさせた。このデュエットを見だけで、ダリダが「不死のサンジェルマン伯爵」に本気で恋をしていたのが分かる。
彼女と別れてまもなく、サンジェルマン伯爵は、別の女性と車の中で排気ガスによる心中によりまだ40代だった命を絶った。それからまもなくダリダも自宅で過剰服薬によって自殺した。
エジプト生まれのイタリア人だったダリダも、英独仏語、イタリア語、スペイン語、アラビア語を駆使していた人だ。日本でも人気があった。
自死願望と、「生きる願望」、永遠に生きる願望とは実は表裏一体なのかもしれない。