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L'art de croire             竹下節子ブログ

ナチスの戦争犯罪とデカルト

Arte「歴史の舞台裏」シリーズを視聴していて一番なるほどと思ったのが、ナチスの戦争犯罪に関する東西ドイツの違いだ。東京裁判や日本のその後についても見方が変わった。

思えば、1960年代の少女時代に歴史の本を読み始めた頃、すでにユダヤ人狩りとかガス室、積み上げられた屍、収容所で発見された骨と皮のユダヤ人などの恐ろしいイメージはあふれていた。

その後も、ドイツ政府がナチスドイツによるそのような恐ろしい犯罪に対して、謝罪する映像なども繰り返して刷り込まれたような気がする。それと同時に、日本は第二次世界大戦や過去の植民地に対する戦争犯罪を十分に償っていない、天皇制は存続しているし、公職追放されていた人が首相になったり、アメリカに追随するままだったりと情けない、という声も耳にするようになり、立派に反省して罪を償い、国際社会での重要性を増しているドイツを見習え、という論調も登場した。

ところが、今思えば、西ドイツは、実は、戦後15年もの間、ナチスの犯罪をなかったことにしていたのだと分かる。

ヒトラー政権12年間のプロパガンダで、国民の三分の一はナチ党員だったし、残りもほとんど洗脳されていた。アメリカを中心とする連合軍はドイツを「非ナチス化」することが第一の仕事だった。

ソ連に占領されていた東側では、「非ナチス化=共産主義者」になることで、その逆洗脳はシビアだったから、共産党に反対するナチスの反乱が何度も起こった。すでにポツダムで会議が開かれた時、スターリンは全てのドイツ人を共産党員にすると言い、東では元ナチスの30%が党員に登録した。だからこそ反乱も起こったのだ。

西側の方はまったく様子が違った。もともと、ナチスであろうがなかろうが、ドイツの優秀なエンジニアや医師や研究者らは戦争犯罪を問われることなく「スカウト」された。他の市民も、「ナチ」を排除すればほとんど誰もいなくなるのだから、ニュールンベルグ裁判も、それなりの形で、300 人が無罪となり、死刑を免れた者で10年から終身刑という刑期を全うした人はほとんどいなかった。

軍人ではなかったナチスと協力者を裁くだけでも1300もの訴訟が必要で、西側統治区では、結局は100項目以上の質問にすべてNOと答えさえすれば、だれでも非ナチ化したと見なされて証明書が発行されて社会復帰が可能になった。「洗脳」が解けたかどうかなど確認されることはなかった。その結果、防衛省、財務省の官僚の77%は元ナチ党員で占められることになった。

膨大な数のドイツ人が東側から西側に移動した。東から見ると西は「ナチス」の巣屈だった。

西側はマーシャルプランの恩恵を受けて復興し、ナチスのことなど忘れて歌い踊り、生産し、エネルギーに満ち溢れた。アメリカも、1948年からのソ連による西ベルリン封鎖を受けた後、西ベルリン市民はもはや嘗ての「連合国の敵」ではなく、「共産主義の犠牲者」であると位置づけた。旧ナチスのことは封印されることになった。

西ドイツが成立し、もう誰もヒトラーのことは覚えてさえいなかった。ヒトラーの山荘はレストランになり人気を博したが、それは景観が素晴らしかったからで、ヒトラーのことを意識している人さえいなかった。

敗戦時に子供だった人や戦後生まれの若者は、ナチスの戦争犯罪など当然意識になかった。

もともとナチスの戦争犯罪のメインはヨーロッパ諸国を侵略し、イギリスを爆撃したことであり、ユダヤ人のホロコーストは付随的だった。ユダヤ人問題はイスラエルを建国することと補償金で一応の解決をみたことになっていて、冷戦の対応が優先的になったのだ。そのためには優秀なドイツ軍の再建も必要だった。


そこに起こったのが、1960年の衝撃のアイヒマン逮捕とその公判だった。

西ドイツの高官たちはアイヒマンがアルゼンチンで暮らしていることは知っていたらしい。不思議ではない。

ともかくイスラエルのモサドはユダヤ人ホロコーストの現場にかかわっていた残存するナチを執拗に追いつめていった。西ドイツにも連合国にも、ホロコーストの指揮や現場にかかわっていたナチの残党を追いつめるという意識はなかった。特に、フランスなど、占領していたナチに迎合して、ユダヤ系フランス人を「捕獲」してドイツの収容所に送り込むなど、不都合な事実がたくさんあったし、それに手を染めた政治家が戦後も指導的立場のに留まっていたという事実もあった。

しかし、アイヒマンの公判と、それから続々と暴かれて来た「ナチスの犯罪」、「戦争犯罪」とは別の「人道に対する犯罪」の全容を前にして、世界中が衝撃を受けた。


東ドイツはもともと共産主義の名のもとにナチス弾劾を続けていたから、それを正当化する事案となった。

西ドイツの若者たちの衝撃は大きく、例えば大学教授の「過去」を暴いた学生たちが教授を糾弾するような事態になった。「戦争を知らない子供たち」は、「自分たちが直接犯したわけではない罪」に直面し、罪悪感にさいなまれた。プロテスタント圏ではそれがさらに大きかっただろうし、アウシュビッツで毎日「贖罪」の祈りを捧げる若者もいた。その罪悪感の強烈さの反動でネオナチ運動も可視化するようになる。新しい「反ユダヤ主義」犯罪が勃発し、新しい「ナチ狩り」も始まった。

1970年、西ドイツ首相ははじめてワルシャワのユダヤ人ゲットーで謝罪の言葉を述べた。イスラエル法廷はナチの残党を次々と裁き、人道に対する罪には時効が成立しないことが国際的に承認された。

日本人にも、「ホロコースト=禍々しい犯罪」のイメージが刷り込まれた。ドイツと連盟していたといっても、ユダヤ人狩りはドイツ国内の別件でしかなかったし、もとより日本人にはユダヤ=キリスト教の確執の歴史も縁遠いし、アーリア人とユダヤ人の区別さえつかない。日本人にとっては、「西洋人」による有色人種差別の方が問題だった。戦後20年経てば、アメリカ文化や文明があふれていたのは西ドイツと同じだし、「戦争を知らない子供たち」による批判の対象は、アメリカ帝国主義に従属する「日本政府」だった。戦後四半世紀も置き去りにしてきた沖縄のことを考えていた若者はどれほどいただろうか。

ホロコーストの役所的な冷たさの残虐さには戦慄するけれど、それが大戦中の無差別爆撃の瓦礫の前で相対化されてしまって、その後は多くの人がリアルポリティクスで生き延びるしかなかったというのはよく分かる。

アイヒマン裁判での「悪の陳腐さ」という言葉も、人類の歴史が人間同士の虐殺で織りなされてきたことを思うと、一種の達観などとは言っていられない。

無視や無知や無関心も、「陳腐な悪」であり、それがどのような悲劇を生んできたかを考える時、やはり大切なのは、日毎のメディア報道から正しい距離をもつことだ。

デカルトの数学についての方法を想起しなくてはと思う。

1 根拠のないものは証明できない、よって、信じない。即断と偏見は避ける。(明証性)

2 問題を細分化する。(分析)

3 何事も順序立てて思考する。(総合)

4 すべての可能性を検討したか、見落としがないか、全体を見る。(枚挙)

それに加えて、

5 虚偽だと分かっていないものを虚偽であると見なさないこと。(認めていないものを排除しないこと)

ということが大切なのだけれど、それについてはいつか別のところで論じていこう。


by mariastella | 2021-04-19 00:05 | 歴史
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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