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L'art de croire             竹下節子ブログ

島田先生、日夏耿之介、トムスンの『天上獵狗』(天の猟犬)

昨日のナポレオンの記事に、私の『ナポレオンと神』についてのコメントを転載した。

それを読み返して、あらためて島田謹二先生のことを懐かしく思いだした。私がポーの詩のファンだということで島田先生が、『大鴉』の訳詩を献呈してくれたこともそこに書いてあった。

そして、もとはといえば、私が『大鴉』やポーの詩が好きだったのは、日夏耿之介による訳によってだった。日夏耿之介の訳詩によって知ったのは、何よりも、日本語の美しさ、旧漢字の字面の美しさだった。

島田先生は、私と日夏耿之介を結びつけてくれるもう一つのものがある。

それは、私が今、キリスト教、特にカトリシズムの真髄について考えているテーマのど真ん中を突くものだ。ポーの詩ではなく、フランシス・トムスンの詩だ。

1977年にパリで島田先生に会う前、大学時代に購入した『日夏耿之介全集』第七巻で紹介されている『天上獵狗』という詩だ。この本に付属している月報の中で、島田先生がまさにこの論考を取り上げている。島田先生はこの論考を、日夏が自分の感性と原作の融合によって英文学の本質の一部に肉薄しようとした独自の系列に属すると解説している。

今、改めてこの論考を読んでみると、ヘンリー・ニューマン、トムスン、トムスンに影響を受けたチェスタートン、トールキン(『指輪物語』)につながる、英国のニュー・カトリックという特殊な流れを実に的確に把握していることに驚かされる。大正12年の日本の外国文学者で、19世紀のイギリスにおける国教会とカトリックの確執や、トムスンやチェスタートンをカトリックに改宗させたものが何かということをここまで理解していた人がいたのだ。

そして、この『天上獵狗』の一篇こそは、それだけで、カトリックが持ち続けたキリスト教の最もシンプルかつ根源的なものを激越に表現している。確かにアウグスティヌスも十字架のヨハネも同じことを言ってはいる。キリスト教のあらゆる神秘家の言うことにも通底する。旧約聖書の『詩編』(137, 7-10)にも似たような表現はある。

でもトムスンのこの詩ほどに迫力のあるものはない。


で、その内容は何かと言われれば、日夏耿之介訳を引用することはとてもできない。新仮名で引用するなんて冒涜だと言われそうだ。

簡単に言えば、神は「善悪」二元論ではなく、善悪を分けて人を裁き追いつめるのは人間である。誰からも侮蔑され憎悪され、決して愛されることがなく愛される資格もない人を愛するのは神だけだ。しかも、その神の愛は人間が改心して戻ってくるのを優しく待っているというのでなく、闇夜の猟犬のようにどこまでも人間を追ってくる。人間の悟りや祈りを期待するのでなく、神の愛がただただ、猛烈に追いつめてくる。

「猟犬」とは「神」ではなく「神の愛」である。

「猟犬」のようにひたすら追ってくる「愛」。(地獄の猟犬とかガブリエルの猟犬という言葉も存在する。イギリスの民俗伝承に、深夜に空中を一隊の猟犬が駆け抜けていくというイメージがあるそうだ。)

Love Chace 神愛追迫の思想。 Divien Quest 聖索求とは逆のベクトル。

(このテーマについては、別のところでじっくり書くつもりなので、今特に興味のある人はネットで読める日本語としてこういうものがあったのでどうぞ。)


日夏の論考の核心部分だけをここに引用する。(すべて旧漢字に脳内変換してどうぞ。内容も解りにくいかもしれませんが、いつか解説します。)

>>>清らかな者が、浄められゆく信仰の光明を端的に希求し得て悠々と求道の勝利を叫ぶ晏如たる澄み切った心持ちには、悲しき道の路傍に黒衣の聖殿を拝礼する一人の異端者のも獲取し得ぬ単純の安楽があるが、此の邪宗門の餓えたる者に等しい希求と、ほっとした落着きと、悲哀の回顧と、尚永久に去りやらぬ悲しい心の陰影には、凡庸得道者の断じて経験しない快感の悲哀がある、複雑性のヒュウマニティがある。<<<


1893年にこの詩がカトリック系評論誌に発表された時の衝撃は大きく、カトリック側とプロテスタント側の両方に毀誉が沸き起こった。「あらゆる誤った神秘主義を壊滅させる」と言われた。


なお、『不思議の国のアリス』の著者C.S.ルイスもトムスン、チェスタートン、トールキンの影響で、カトリックには改宗しなかったが、無神論から国教会に回帰した。チェスタートンがカトリックに改宗したのは48歳だった。

(トムスン自身は、父親が、カトリック司教の友人だった兄弟の影響でカトリックに改宗してトムスンをカトリックの学校に通わせた。) 

チェスタートンには2013 年、トールキンには2017年に、それぞれ、列福調査を開始する運動が始まっている。

チェスタートンは、トムスンの詩のことを、「限りなく問題を解き、限りなく問題を加える、2つの限りなさが偉大の証拠だ、と評した。

(以下に仏訳を載せておく。仏訳があってほっとする。)




by mariastella | 2021-05-06 00:05 | 宗教
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