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L'art de croire             竹下節子ブログ

島から来たもうひとり   トゥサン・ルーヴェルチュール その1

ナポレオン、 ジョゼフィーヌと同時代、もうひとりの「島で生まれた男」が、ナポレオンとは逆に島から引き離されて大陸に「流刑?」されて、寒さにやられて、ナポレオンの戴冠式の前年に死んだ。


自分の「伝説」を残そうとした『セント・ヘレナの回想』の中でナポレオンは「サン・ドマング(サント・ドミンゴ)事件」に触れている。「総督時代のこの植民地にとった政策について反省している: この植民地を力で従わせようとしたことは大きな誤りだった、トゥサンを介しての治世で満足すべきだった」というものだ。 

ナポレオンを後悔させたトゥサンとは何者だろう。

島から来たもうひとり   トゥサン・ルーヴェルチュール その1_c0175451_00345061.jpeg


シャートーブリアンは、トゥサンを「黒いナポレオン」と呼び、ナポレオンを真似、ナポレオンに殺された男だと言った。


トゥサン・ルーヴェルチュールはアフリカの現在のベナン共和国をルーツとすると言われる黒人奴隷としてサン・ドマンゴ(今のハイチ)で1743年に生まれた。ジョセフィーヌが生まれたマルチニックと同じカリブ海の島だ。

その頃のハイチは西側がフランス領、東側がスペイン領だった。コーヒーと砂糖のプランテーションで働く多くの黒人奴隷のおかげで繫栄していた。1788年の時点では、フランス領に、白人が3万人、黒人が40万人の他に22千人の解放奴隷とムラート(白人と黒人の混血)が住んでいた。

「主人」から絶対の信頼を置かれていたトゥサンは、アフリカ文化、ハイチのクレオール文化、主人の出身地であるガスコーニュの文化と、トリプル・カルチャーを身に着けていた。馬の世話に長けていて、33歳で「解放」され、元主人の片腕となっていた。奴隷がミサに出席できなかった島では、呪術と混淆したブードゥー教が広がっていたが、呪術を警戒するトゥサンはイエズス会士から教育を受け、カトリックの教義を広めるほど聖書に精通していた。


フランス革命の波はハイチにも伝わり、1791年、カトリックの聖母被昇天祭、ブードゥー教の犠牲祭の夜に、黒人が白人を襲撃した。

黒人奴隷が「主人」を倒す「革命」ではない。その反対だ。ハイチの裕福な植民者たちは、フランス革命に好意的だった。反対に、トゥサンを含む黒人たちは、ルイ16世を支持する王党派だった。ルイ16世は奴隷解放論者として知られていたからだ。1793年初頭にルイ16世が処刑された後、王党派は東のスペイン領に逃げ込んで、フランス軍と戦うことになった。王党派のトゥサンは軍事の将として才能を発揮した。

ところが、そこに、植民者たちから救いを求められたイギリスが介入することになった。イギリスという共通の敵を前にして、トゥサンたちは結局、フランスの共和国軍と協定を結んだ。1794年の5月のことだ。スペイン領も制圧した。

その前年の8月にサン・ドマンゴで奴隷制廃止の条例が採択され、94年の2月にパリで批准されたという背景もある。その後、4年もかけて、トゥサンは「フランス軍の将」としてイギリス軍を打ち破り、ハイチの総督として手腕を発揮した。市民となった黒人をプランテーションに戻して経済を復興し、教会のミサでこれまでの白人植民者による罪を赦したのは、南アフリカのマンデラの先駆だともいえるだろう。もっとも、革命派の白人たちは反教権主義だったので、「赦し」に感謝するよりもむしろ苛ついたが、トゥサンは、自分の政治生命の中で全ての善行は神の導きであると語った。


1799年に本土にいる「島から来た男」ナポレオンが政権を取った時、トゥサンは、サン・ドマング自治領の総督となっていた。

イギリス人から「地中海のムラート」だと蔑まれていたナポレオンは、トゥサンの扱いに悩んだ。トゥサンの率いる黒人たちは、フランス革命の成果である奴隷制廃止の「自由」を享受したからこそイギリス軍を追い払ったのだ。しかしこのままでは「独立」しようとするのではないか、砂糖やコーヒーの豊かな資源は失いたくない。

同じカリブ海マルチニックの植民者の娘であるジョセフィーヌは、トゥサンを支持した。サン・ドマングにあった家族の領地をトゥサンが守ってくれたからだ。ジョゼフィーヌが政策に関する意見を表明した珍しい例だ。

18013月、ナポレオンは、政府がトゥサンの自治政府に信頼を置いているという手紙で彼を公認しようとした。ところが植民者のロビーの圧力に負けてこの手紙が送られることはなく、8月に、トゥサンは軍人の資格を剝奪された。この年、トゥサンは、島の東のスペイン領を併合し、「終身総督」に就任していた。フランスから独立しようと考えていたわけではないが、イギリスとアメリカとの貿易を計画していたのだ。


本土を制した「島から来た男」は、「島の男」を見捨てた。

(続く)



by mariastella | 2021-06-02 00:05 | 歴史
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