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L'art de croire             竹下節子ブログ

人質のノートルダムとパリコミューン その1

これを書いているのは5月の最終週。

150年前のパリ・コミューンを第三共和国政府が壊滅させた、「血の一週間」と呼ばれる虐殺を記念する週だ。パリ・コミューンに関する展示や記念イベントがあちこちで見られる。


その週の初め、イエズス会の土地で52人がコミューンによって処刑された「人質の虐殺」と呼ばれる事件があった。「人質」というのは、コミューンが、自分たちの「大統領」である「革命のシンボル」オーギュスト・ブランキの釈放を求めて、 4月に聖職者や議員を大量に逮捕して、「人質交換」を迫ったからだ。第三共和国のティエール政府はその条件に応えず、コミューンの制圧に向かった。そのために人質たちは無残に殺されたのだ。(革命家としてすでに何度も時の政権からの逮捕と釈放を経験してきたブランキの方は、移送されたものの生き延びて、1879年に釈放、1881年初めに病死している)


人質たちが殺された跡地には、さまざまなチャペルが創られたけれど、第一次大戦後になってようやく、「人質のノートルダム」教会ÉgliseNotre-Dame-des-Otages建てられた。

なぜ第一次大戦後かというと、ナポレオン三世とカトリック教会の接近の後の反動で強化され、政教分離法に至った反教権主義が、第一次大戦のナショナリズムによって変質したからだ。

フランス政府は1905年以来国交の途絶えていたヴァティカンに大使を派遣して、二度目の「コンコルダ」を結んだ。それによって、また「司教」任命権を取り戻すためでもある。



パリ大司教のジョルジュ・ダルボワ(ナントの司教を経て1863年にパリ大司教に任命された)も1871/5/24に処刑された「人質」の一人だ。


もともとローマ教会の干渉を拒否する反教権主義はフランス革命の原動力にもなった。特に革命後の混乱と戦争の財源とするために修道院や教会領の没収が必須の政策になったからでもある。

でも革命後僅か十数年でナポレオンが和親条約を結んだように、カトリックはフランス統治のツールとして欠かせないものだった。王権神授を唱えるガリア教会主義によって、フランスのカトリックは、ナショナル・カトリックの支配の基礎に根付いていたからだ。司教を指名するのは王だった。

ナポレオンはこれを自分の支配の道具としてうまく置き換え、その後に王政復古や三度の革命を経て、甥のナポレオン三世がまたカトリックと協働した。

それらを快く思わないラディカルな共和国派は、フランス革命とその後の経緯の中で、ますます反カトリック主義を強めていた。


とはいえ、ナポレオン三世は、伯父のナポレオン一世と同じく、カトリックの権威をナショナリズムに取り込もうとしただけで、別にローマ教皇の支配に服そうとしたわけではない。

フランスのカトリック教会のエリート聖職者というのは伝統的に、最も教育程度の高い知的エリートで家柄もよく、軍人や政治家の家族の一員で、自らは独身だから子孫の繁栄を見込んだ保身はないので支配者にとっては便利で信頼できるメンバーだった。

で、ナポレオン三世によって指名されたダルボワは、1863年にパリ大司教、1864年に上院議員に選出された。

ローマ教皇はパリ大司教任命を拒否することはできなかったけれど、ダルボワに枢機卿のタイトルを与えることは拒絶した。慣習的に言えば、パリ大司教は同時に枢機卿となり、ヴァティカンの内政にも関わることができる。教皇はそれを拒否したことでフランスの政府と教会の協働を拒絶したわけだ。ダルボワを名指しで失跡したピウス九世は1870年の第一ヴァティカン公会議で「教皇無謬性」を教義にした人でもある。この教義が採択された時、実はフランスの司教もドイツの司教もヴァティカンを離れていた。普仏戦争でそれどころではなくなったからだ。

つまり、ダルボワ大司教は「ローマに従属」しているのでなく、明らかにフランス・ナショナリズムの側だった。


ところが、普仏戦争はもとよりフランスに勝ち目がなかった。

その頃のフランスの軍隊や軍事作戦はアルジェリアなどの植民地支配の方を向いていたからだ。大陸には野心がなかったから対独防衛は甘かった。

前線に出たナポレオン三世はすでに馬にも乗れないほど健康の問題を抱えていて、あっさり降伏することになった。帝国の終焉と共に、プロイセン軍に包囲されたパリでは、過激派を押さえるために、穏健な共和国主義者たちがすぐに「第三共和制」政府を立ち上げた。プロイセンとの停戦条約はヴェルサイユで締結され、プロイセン王はそこで同時に、アルザス・ロレーヌを含む「ドイツ連邦」を宣言した。パリの市民や共和国過激派の不満は高まり、パリ・コミューンが勃発した。

(続く)



参考






by mariastella | 2021-06-05 00:05 | フランス
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