アンデス山中の生存者 半世紀を経て
最近、1972年にアンデス山中で起こった「人肉食事件」についてのドキュメンタリーを視聴して驚いた。
この事件を私は知っているつもりだった。 1972年の事件を取材して書かれたP.P. リードのノンフィクションが1974年に出版され、その翻訳が同じ年に平凡社から『アンデス山中の70日――生存者』と題されて出版されたものを当時すぐに読んでいたからだ。 チャーター機でウルグアイからチリに向かった45人のラグビーメンがアンデスで遭難して、うち16人が72日を生き延びて生還したが、そのために、死んだ仲間の肉を食べたという話だ。 当時も非常に強烈な印象で、結局、カトリック教会がサバイバルのための人肉食を容認するという結末は覚えている。 この本はフランスの私の書斎の本棚に今でもある。 でも、読んだのはまだ日本にいた頃、半世紀近い昔の話だ。 この本に書いてあったことでも、当時はスルーしたことが山のようにあること、そして、半世紀を経て分かってきたことがいろいろあることに今さらながら驚いた。 まず、ラグビーは紳士がプレイする乱暴なスポーツ、サッカーは民衆がプレイする紳士のスポーツと言われるように、すでにワールドカップの優勝経験もある南米の小国ウルグアイに、ラグビーをもたらしたのはアイルランドの宣教師だった。 だからこの飛行機に乗っていたラグビー・チームのメンバーは、ブルジョワの子弟で、当時の独裁政権の政治家の息子もふたりは入っていた。医者の息子もいる。 キューバ革命の後で、「共産化」を何よりも恐れた独裁政権が、その対極だとされるカトリック教会と強く結びついた。 こういう、カトリック教会とラグビーの関係や中南米の政治状況について、1974年にこの本を読んだ頃の私は何も意識していなかった。事件当時のウルグアイがほぼ内戦状態でその翌年に軍事革命が起こったり、解放の神学、カトリックと共産党の結びつきなどの展開ももちろん分からない。その後の再民主化で「世界一貧しい大統領」のホセ・ムヒカが日本でも人気になることも想像できない。 また、この著書のリード(現在80歳)は、アナーキストのハーバート・リードの息子なのに、ベネディクト会系の学校を出て、敬虔なカトリック教育の中で育ったという背景も知らなかった。今ならネットで何でも調べられるけれど、微妙なポジション・トークであることは間違いない。というより、そうでなければ、現地でのこのようなインタビューや調査は不可能だったろう。 人肉食についても、キリスト教は遺体を大切にするが、イエス・キリストが自らの体を犠牲にし、肉と血である「聖餐」を残したことで、友のために体を与えるという道を開いた、というレトリックが使われている。これも、「聖体」はシンボルだというスタンスのプロテスタントなら無理だっただろう。 キリスト教国が中南米を「征服」した時は、現地の宗教による「人身御供」の儀式を激しく非難した。アフリカの「人食い人種」への偏見と差別も根付いていた。 実際、戦いで倒した「敵」の体や体の一部をシンボリックに食するという行為は、世界各地にあったと思われる。 けれども、ラグビー・チームのメンバー(しかもカトリック共同体の中で結び付いている)同士は「敵」ではなく「同胞」なのだから、肉を口にできずに弱っていく者も、自分が死んだら残る者に体を捧げることを言い残していたという証言が嘘だとは思えないし、「自己犠牲」にスポットが当たった。 また、実際に、16 人が生き延びたのも、チームのキャプテンがリーダーシップを発揮して決断したさまざまな生存戦略のおかげだった。自己犠牲を認める「共同体」だったからこそ可能になったサバイバルだというのだ。 確かに、個人プレイの競技と違って、チームプレイのスポーツマンは、最大に自分の力を発揮しながら、置かれた場所や役割を守らなくてはならないし、全体の「利」のことを考えなければならない。その上で、ルールや審判という絶対「上位」のものに服さなければならない。そういう構造は宗教と似ている。 息子を失った医師は、3000m以上の高度で、氷点下35 ℃の中で、肉なしで生き延びることはできないと最初から推測していた。他の「犠牲者」の親たちも、テレビカメラの前で、生存者の選択を容認してみせた。親たちもみな「エリート階級」の仲間同士でカトリック共同体の仲間同士だったから可能だったことだ。 実際、それ以外に、誰が何を非難することも不可能だった。 みなのトラウマをまとめて回収してくれる言説が必要だった。 でも、最初の「奇跡の生還」の神の加護のよろこびの後の「人肉食ショック」のスキャンダルで、それを「タブー」に落とし込まずにカトリック教会が「容認」してくれたおかげで、その反動なのか、生存者も犠牲者も「ヒーロー」化していった経緯は興味深い。 ドキュメンタリー映画では、37年後の生存者のインタビューも少し流されていた。 やはり、エリート然としていた。16人全員のその後は詳しく分からないけれど、この半世紀の激動の南米の政治状況の中で、出自や信仰、試練を共にした絆で生きてきたのだろうか。 ナチスの犯罪や戦争犯罪などの後で逃げ延びた「戦犯」たちの多くは「無名」だけれど、エリート家庭出身の生存者たちは「忘れてもらう」こともできず、でも、モラル的に「無罪」とされたわけだ。 インターネットで調べれば、彼らがその後どういう経歴をたどって今何をしているかを調べることも可能だろう。 この事件はその後何度も「映画化」されている。私はどれも観たことがない。 映画を見比べて、その時代や宗教や監督や解釈などを分析するのも興味深いだろうが、さすがにそこまでの暇はないし野次馬根性もないので、ここにメモだけ残すことにする。
by mariastella
| 2021-07-12 00:05
| 雑感
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