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L'art de croire             竹下節子ブログ

イヴォンヌ=エメ生誕120年、没後70年


今年はマレトロワのアウグスティヌス会ホスピタリエ修道会の院長だったイヴォンヌ=エメの没後70年、生誕120年ということで、新たに話題になっているけれど、彼女の列福認定はまだなされていない。


認定など待たずとも、実際に彼女にイエスへのとりなしを祈って奇跡を得ている人などいくらでもいるのだから、実質的には列福列聖もあまり意味がないともいえるし、すでに公に表彰された「共和国の英雄」なのだから、世俗の「名誉」さえも得ている。

それでも、今年、改めて彼女にスポットライトがあたっているわけだけれど、彼女の列福調査がストップされた1960年のトラウマのせいか、「超常現象」のデパートのようだった側面については今でもしっかりとベールがかけられている慎重さを感じる。

なぜこうなったかについては『パリのマリア』(筑摩書房)の第三章で詳しく書いているので、超常現象好きや奇跡好きの人はぜひ読んでほしい(電子出版で読める)

先日来書いていたポンマンの御出現もそうだけれど、「宗教=蒙昧」というイデオロギーの中で生き残ってきたフランスのカトリック社会の中で近代以降に起こった超常現象や奇跡は、むしろマイナス要因なので、封印されたり、異端のように執拗な究明を受けてきたりした。

それでもあまりにも「自明」過ぎて説明のつかない事例については、ポンマンのようにはやばやと認定しながらその奇跡に立ち会った生身の人間については不問に付すという場合や、奇跡が生身の人間を巡って展開するイヴォンヌ=エメのようなケースでは、全てを封印するという決定がなされてきた。


25年の封印が解かれた1985年に彼女のケースを知った私が夢中になったのは、その超常現象の自明性と、「説明不能」をマネージメントしようとするカトリック教会側の煩悶とのせめぎ合いそのものだった。

でも、それからさらに35年が経過した今、「超常現象」を説明するための仮説ははるかに豊かになっている。科学史・科学哲学におけるパラダイムの変換についての言説もどんどん変わってきた。

「現在の科学では説明不可能」な事項に対してどう反応するか--詐欺だ、偽物、嘘つきだと糾弾する、夢だ、幻覚だと切り捨てる、精神異常だ、脳神経のバグだと診断する--などの「合理的説明」を採用した方が、「狂信的」「非合理的」「迷信的」だというレッテルを貼られるよりも、老舗の宗教組織全体としては害が少ない、と判断された時代は終わろうとしている。

これらの宗教的文脈における超常現象や奇跡に新しいアプローチができると今は思っている。

今は、いろいろなテクノロジーの発展で、昔なら「奇跡」だと思えるようなものも簡単に出現させたり演出したりすることが可能になっている。ヴァーチャル・リアリティの中で、「常」と「超常」の境界も曖昧になってきた。

逆に、年を取ると共に、手元にある小さなもの、周りで起きる些細な出来事にも驚嘆するようになってきた。こうしてPCに向かっているだけでも、その不思議に魅入られるし、PCを置いてある机も、着ている服も、傍に転がっているボールペンひとつも、私には作ることのできない驚くべきグッズだと思える。

子供の時は周りにあるものは家でもお城でも海でも山でも、もともとそこにある「与件」だと思っていた。

今は全てが「不思議」な贈り物だと思える。人工物も自然も、それを知覚するシステムにも、みな感嘆できる。甘やかされて育った子供の「全能感」が消えていく時、世界はきらきらと輝くことを知った。

マレトロワの修道会の付属病院は、高齢者専門病棟やリハビリ施設、ホスピスが充実しているという。修道女であるナースたちは患者のうちに見るイエスにインスパイアされて、修道院での祈りに力を得て、全身全霊でケアをしてくれる。こういう時に、「独身誓願」者たちによるの共同生活の強みを感じざるを得ない。

そのうちマレトロワ詣でにも挑戦しよう。


by mariastella | 2021-07-14 00:05 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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