サン・ジェリィ教会で感じた違和感は、その近くに1923 年に建造された聖紐のノートルダム・バジリカ聖堂を訪れてますます強くなった。
実はもうずいぶん前に修復が終わっているはずなのに、まるで時が泊まったように一時停止している。コロナ禍のせいだけではない。「政教分離」の後で建てられたこの聖堂の維持費は本来自治体が出すものでもなく、カトリック教会が出すものだろうが、この信心にまつわるヴァランシエンヌの不思議な政教不分離がかえって足枷になっているのだろうか。移民も多いこの町では、ブルジョワ・カトリックというような層は少ない。
見えてきたバジリカ聖堂。立派な外観。

近くで見ると傷みが激しい。


そしてこのバジリカ聖堂の周りにも、人々の「無関心」みたいなものが漂っている。
聖なる紐のノートルダムがこの町のアイデンティティに深くかかわっているというわりには、町全体が散文的だ。
これはベルギーの現代彫刻家の作品である「カップル像」だけれど、こういうのがむしろぴったりくる。
なんとなく不思議な街だった。この町の司教聖座のあるアラスのカテドラルに行ってみないと分からない何かがある。それについてはまたいつか書こう。(続く)