人気ブログランキング | 話題のタグを見る

L'art de croire             竹下節子ブログ

『パリに見出されたピアニスト』(Au bout des doigts)

『パリに見出されたピアニスト』(Au bout des doigts)2018

この映画は、2カ月ほど前に映画館などが閉鎖を解かれてからも一度も映画に行かず、TVの映画放映さえ観ていなかった私が、前回の記事をアップした数日後に久しぶりに視聴した映画だ。


感染対策で映画館の完全予約制とか人数制限、マスク着用義務などというのが解除されていないこともあるし、解禁された映画の絶対数が多いので、上映期間が短かったり、上映時間が午前と午後に分けられたりで、観たかった映画はなんとなく逃してしまった。

そして、いつも書いているけれど、暴力、戦争、犯罪、恐怖、死や病気がテーマになっている映画は原則として避けることにしているし、かといって、青春ものとか恋愛ものとかにも世代ギャップがあって惹かれない。アカデミー賞(アルツハイマーの話)やカンヌグランプリ(ショッキングだそうだ)も見たくない。で、そもそも選択肢が限られてくる。

TVで放映される多くの映画にも気を惹かれるものがないままだった。

でも、この映画、パリの高等音楽院のピアノ科やガボー・ホールでの国際コンクールの話が舞台になっていて、ランベール・ウィルソン、クリスティン・スコット・トーマスという芸達者が音楽院のディレクターや教師を演じているというので、視聴する気になった。主演の若者のジュール・ベンシェトリが、ジャン=ルイ・トランティニャンの孫というのにも興味がわく。

ストーリーは日本のサイトでこういう感じ。



いやあ、それにしても、日本での紹介とフランスでの雰囲気とが全然かみ合っていない例の一つだ。

「青春音楽映画」などと書かれている。

そんなカテゴリーだったら私はそもそも見ていないだろう。

しかも、「指の先()に」というフランス語タイトルが、邦題で「パリに見出されたピアニスト」って、あんまりといえばあんまりだ。確かに、夜のノートルダム大聖堂を背景にした主人公とガールフレンドのキスシーンはあるけれど、それ以外に、「パリ」と言っても、主人公もパリ近郊に住んでいるのだし、「見出された」のは階級差を前提にした言葉なのだ。

しかも、正規の音楽レッスンを受けていない主人公に対して、ガールフレンドは、バイオリニストとチェリストの両親を持ち幼い頃からチェロをはじめて音楽院のオーケストラに属しているブルジョワ階級という対比なのだけれど、彼が白人で彼女は黒人なのだ。そもそも「クラシック音楽」を演奏する家庭がブルジョワだという先入観があり、それが黒人というのでフランスらしい「多様性」はあるとしても、なんと、日本語版の予告編ではこのガールフレンドがまったく出てこないのだ。フランス語版の予告編にはベッドシーンも出てくるのに。

つまり日本向けの「パリに見いだされた」という形容には黒人のイメージがそぐわないということなのだろうとしか思えない。

で、男の方は、もちろん郊外の低所得者向け団地に住む「移民の子弟」なのだけれど、「白人」というのは、マチュー・マリンスキーという名からも、おそらくポーランド系ということだろうし、シングルマザーや弟妹と住むアパルトマンにローマ法王の写真が飾られているのが見えていたりする。

監督は、実際にパリのベルシーの駅で、(ピアノを習うような階級とは思えない身なりの)ひとりの青年がショパンのワルツを見事に弾いているのを見たことにインスパイアされてこの脚本を書いたのだという。

うーん、いろいろ突っ込みどころがあり過ぎる。

主人公のマチューが、幼い頃、同じ団地でピアノを弾いている老人に惹かれて、手ほどきをしてもらい、老人が死後に残してくれたそのピアノでさらに自力で練習したという設定なのだが、老人も同じ団地にいるくらいだから豊かではなく、ピアノの鍵盤もミのフラットが一つ鳴らないままだとメモが残されていた。マチューの環境でなおさらそのピアノの調律や修理ができるはずもない。かなり劣化していったのではないだろうか。だからこそ、マチューは、駅で演奏自由なピアノを見かけたり、一度は空き巣に入った先にあったグランドピアノを見たりすると思わず弾いてみる(そのせいで逃げ遅れて捕まった)。コンセルヴァトワールでは初めてスタインウェイでリストのラプソディを弾く。

でも、マチューは、北駅のピアノでバッハの平均律を弾いている時にランベール・ウィルソンが演じるピエール(やはり犯罪者の更生に力を注いだアベ・ピエールの役のことを思い出す。)によってその天才ぶりを見出されて、音楽院の清掃員から音楽院を代表して国際コンクールで演奏するまでの道を開いてもらえるのだ。ここ3年間ひとりのグランプリも出していなかったパリ国立音楽院の名誉がかかる年のコンクールである。

でも、絶対音感のある超天才が、調律できていないピアノで、正式な音楽教育なしでバッハやリストやラフマニノフを完璧に弾きこなすというのも、無理があると思うし、ストーリーも、あまりにもお決まりのシンデレラストーリーというか、お手軽なフィルグッド・ムービーという感じで、いくら俳優たちの演技がうまくても、この手の映画によくある展開は本当に表層的だ。

ウィルソンも、クリスティン・スコット・トーマスも、好きな俳優なのだからいいけれど。


もちろん日本向け予告編がガールフレンドをカットしたくらいで「青春カップル」の映画なんかではないし、主人公の青年と、彼の天才を見出すディレクターと、厳しく無情なことで有名な女性ピアノ教授という3人の組み合わせで実は互いを「救い合う」という構造は、「グッド・ウィル・ハンティング」に近い。フランス映画でも「le Brio」というのがあった。そして、その両者とも、映画の出来としては、ピアノがテーマのこの映画よりもはるかによくできている。

それなのに、この映画を観終わって、私はすごく満足できた。

やはり、それは音楽の力だ。

コンクールで弾かれるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の1楽章など、主人公のすべての思いや情動や見守るピエールや教授の思いなどが全て凝縮した圧巻の演奏となるわけだけれど、それに感動できるのだからすごい。

もとよりホールで生演奏を聴くわけでも、映画館で聴くわけでもなく、自宅のTVで試聴しているだけという状況だ。そしてもちろん吹き替えで演奏している本物のピアニストは、映画の主人公のような生い立ちを背負っているわけではない。

それなのに感動できるのは、ひとえに、耳というものが実際の音波をキャッチして聞いているのでなく、音楽は脳が再構築、再構成したものだということに尽きる。

そして脳がキャッチするのは、音波や「場の雰囲気」や「個人の記憶」だけではなく、「演奏者の意図」である。このことは生徒たちと簡単な実験をいつもしているのでよく分かる。(たとえば機械的にはクレシェンドが不可能なピアノの1音を、クレシェンドしているかのように聞かせることができるのだ。「さあ、今からクレシェンドするからね」と言って気合を入れてキイを押さえて続けるのを見せると、私にも生徒にもクレシェンドが聞こえてくる。)

だから、分かりやすく感動的なサクセスストーリーが期待通りに進んでようやくそのクライマックスとなると、その演奏の半分は視聴者の脳によって増幅され強化されバイアスと共に養われていることになる。

というわけで、本当にすなおに分かりやすく感動できた音楽映画になったのだ。

素直な音楽ファンにはぜひお薦め。


(それにしても、クラシック音楽は16区のブルジョワとか、移民の子弟はラッパーとかそういう先入観って実態とは違う。フランスでは小学校の音楽の時間がなくて、音楽は全て公立の音楽院で親の収入に合わせて安く学べるし、それをしない人なら、ベルサイユに住んでいても全く音楽的教養のない人もいくらでもいる)

参考

グッド・ウィル・ハンティング


Le Brio




by mariastella | 2021-08-14 00:05 | 映画
<< 中国共産党と宗教 久しぶりに欲しいものを見つけた >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
カテゴリ
検索
タグ
最新の記事
エリック・ゼムールのこと
at 2021-11-30 00:05
カテドラルの石垣の言葉
at 2021-11-29 00:05
ル・マンのカテドラルの朝市
at 2021-11-28 00:05
霜の朝
at 2021-11-27 00:05
紅葉と猫
at 2021-11-26 00:05
秋のサルト
at 2021-11-25 00:05
フランスの高齢者施設のこと
at 2021-11-24 00:05
フランス大統領選とソシアル・..
at 2021-11-23 00:05
久しぶりの「焼肉」
at 2021-11-22 00:05
『評論家たち』ジャン=リュッ..
at 2021-11-21 00:05
最近買った本
at 2021-11-20 00:05
アフターコロナの死生観
at 2021-11-19 00:05
『悪の研究』
at 2021-11-18 00:05
ジュピターの涙
at 2021-11-17 00:05
『神、科学、証拠-ある変革の..
at 2021-11-16 00:05
難民ビジネス  ベルラーシと..
at 2021-11-15 00:05
アメリカの「自殺」とイラン
at 2021-11-14 00:05
イスラム圏の衰退
at 2021-11-13 00:05
アフガニスタンの夕べ
at 2021-11-12 00:05
マイケル・バリー『アフガ二ス..
at 2021-11-11 00:05
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧