まあまあ最近(2017)の映画で、コメディで1時間10分ほどの短さで、あのおもしろいベルギー俳優ブノワ・ポールヴールドが主演という『Au Poste!(勤務につけ!)』がArteで放映されていたので、気分転換のために観た。
ところが、笑えるには笑えるのだけれど、そして伏線があり、先を知りたくなり、どんでん返しが2度もあるのだけれど、基本が不条理なブラックユーモアなので、「なるほど」という納得感がないし、はっきり言って、怖い。ブノワ・ポールヴールドのようなとぼけたお笑いのできる俳優がここまで怖いと思わせるなんてシナリオや監督の腕はすごい。ポールヴールドとのかけ合いで翻弄される若手のグレゴワール・リュディグもユモリストだそうだけれど、実にうまい。
冒頭が、オーケストラ曲で、森の中で管弦楽団が演奏していて、でも指揮者は赤いパンツひとつを身に着けているというシーンで始まり、すでに笑えたのだけれど、そのあとは一転して、夜の室内ばかりが舞台になる。
警察が事情聴取する時に昔ながらのタイプライターを使うのだけれど、その効果がすごい。
2017年の映画で他の部分は携帯電話もあって同時代風なのだから、別に昔の話ではなくてアナクロニズムの挿入だ。でも、私のように、半世紀前にタイピング学校に通い、卒論をタイプライターで打った人間にとっては、あのタイプを打つ音、指、キイが飛び上がる様子、行の終わりにきたら前に戻す動作や音、そのすべてがかえってシュールだった。
煙草の煙が胸からも漏れるとか、同僚警官の片目がない(それも単にぼかしてある)とか、ナンセンスな部分が笑えるようで笑えない。ブニュエル風とも言えるけれど微妙だ。
なんというか、今の時代、もう一年半もコロナ禍にまつわる「不条理」でサスペンスフルな「現実」をナマで生きるという目にあってきたので、この映画を素直に笑えることができなかったのかもしれない。監督はアメリカ映画をたくさん撮っていて、フランス語で映画を撮る喜びを語っている。
確かにとてもフランス的と言えば言えるのだけれど、やはり、ある作品との出会いは、人との出会いと同じで、その時代の文脈、背景、個人史などの全部がつまった器の中で醸成されるのだろう、とあらためて思う。