トマ・リルティ監督フランソワ・クリュゼ主演の『 Médecin de campagne (2016)』(村の医者)を視聴。
日本のネットで検索したら全く出てこない。トマ・リルティ監督のものではこの映画の前作で研修医の生活を描いた『ヒポクラテス』という映画が紹介されているだけでだ。フランソワ・クリュゼは『最強の2人』で日本でも有名だと思うのにこの映画はスルーされている。
確かに、フランスの地方で病院も近くになく、専門医もいないで、たった一人の総合医が村人全部を診察しているという状況に似たものが、日本であるのかどうかよく分からない。
でもフランスの小さな村をよく知っている私には、とてもリアルで実感があり、感動ものだった。
生活保護の申請の方法まで教えてやり、往診した家の入口に脱ぎ捨ててあった運動靴の左右の底の減り具合がいびつなことに気づいて、その靴の主である少年の体の歪みの検査を進めるなど、村人の暮らしにぴったり寄り添う医師ヴェルネルが主人公だ。
夜も昼も休日もなく働く彼を見て、ひとり息子は医師になるつもりはなく、パリにいる母親のところに行って建築士の道に進んだ。
そんなヴェルネルが、脳腫瘍で肺にまで転移していくことになる。
彼はそれを誰にも言わない。化学療法だけ受けている。
腫瘍医は、彼のアシスタントとしてインターンを終えたばかりの女性医師ナタリーを送り込む。でもナタリーはヴェルネルの病気のことは知らない。
ヴェルネルは村人たちには分け隔てなく謙虚だけれど、ナタリーに対しては、自分の病気の不安を打ち消すためもあってマッチョな態度をとる。
でもナタリーは若い新米医師ではなく、10年も看護師として働き、緊急病棟での体験も積み、その後あらためて医師の資格を取ったベテランでもあった。
この撮影時の実年齢は、クリュゼが60歳、ナタリー役のマリアンヌ・ドゥニクールが50歳、監督のリルティが40歳。リルティ自身が総合医であり、研修医の時に医療過疎地域の「村医者」になった。(フランスの医学コースは非常に狭き門で、国立大学だけの10年コースしかなく、国家試験が終わっても博士号取得まであらゆるタイプの研修が続く。「研修医」というのは実践力だ。)
この映画はそういう医療過疎地域への問題提起でもあり、とにかく迫力がある。
撮影した村の人々も出演していて、それもリアルだし、病院や診察のディティールももちろん説得力がある。
この映画のために実際に村医者の往診について行ったりしたというマリアンヌ・ドゥニクールの演技は素晴らしい。フランソワ・クリュゼが、自分の病気、ナタリーへの複雑な気持ちなどを抱えて頑固になっていくヴェルネルを名演しているのはもちろんだ。
こんなヒューマンで、誠実で、善意に満ちている映画を酷評するジャーナリストがいるのかと調べたら一人いて、村の生活の過酷さと人間味を組み合わせたのがステレオタイプで上から目線で、男の頑なな心が女のやさしさによって溶けていくというのが不愉快だというのがあった。女性ジャーナリストで、これはフェミニズムの視線だなあと思う。
私にとっては、今時、人の善意を感じられる映画というのは貴重で、視聴して本当によかった。